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12月14日(日)
- 「なにをやってる人かよくわからない」といわれる。そうだ。なにもしていない。毒息子をしながら、音楽をして思想をしている。黒いニトリルグローブはすぐ破れる。爪が汚れたくない。ギターを弾く。油汚れ。
- 思想が空中を歩いているから、霞を食っているなんていわれる。昔から、それは変わらない。ソウルの憲法、世界の沈黙の総量、未来の死者への死後贈与……そんな哲学挿話を語ろうにも、じゃあ「あなたは今日なにしてたの?明日はなにするの?」と言われれば、ただ、考えていることをする、だけだった。
- 車をいじりながら、ものを考える。グランギニョルの件について考えた。それは、自己処罰の反転した擁護論だった。
- 論争、ではない。中身が空洞でからっぽなんだ。いや、そうだろうか? 生活語がないから、君と面対しても、なんのことやらさっぱりわかられない。僕は、君に、通じる言語をもっていない。今日何時に起きて、何を食べて、どこに行って、何をしたか。何も語っていない。具体的な生活が、抜け落ちていた。それは、すべて鍋のなかでメタファーにされ、沈黙、としてのみ差し出した。
- 亀の生活のなかで亀は、甲羅にもぐり、明日の井の中の蛙。世界認識を研ぐのだ。それは、巨大なモラトリアムであり、自分に課した運命だ。……そう、これがナルシシズムだ。僕は、君に見せる金がない。君からは、僕が何に賭けているかがわからない。君は、僕を見ることができないのではない。正しく、君からは、僕の生き方は価値がないのだ。僕は透明だった。しかし、だから書く。書くことでしか生きられない。
■
- つまり、僕は、家族を犠牲にして喰っていこうとしている人間だ。家族を搾取し、自己都合で利用している。それが毒息子だ。アダルト・チルドレンなのではなかった。いやそうだとしても、それをとっくに利用していた。ACは、被害性ではない。それは加害性だった。
- 僕が考えていることは、すべてこの自分の生活、生き方をふくめて、ひっくりかえせるほどの思想をこしらえることだった。僕は、自分を破壊したい。それだけの器が、器の生成が、僕の憲法だった。
- その言い方じゃわからない。僕は、自分の生活のやるせなさの中で思想していた。歌を書いていた。しかし、脱出はできない。歌も思想も、生活の言葉じゃないから。それは生活にかかってなかった。生活のすきまからしか出ていなかった。君は、それを、とるにたらないものと見なした。
- それは「星とおでん」のつめたさと、同じ構図だった。15年間も、僕は、同じところをぐるぐるしていたんだ。一歩でも前進したろうか? 思想は沈殿していた。歌もしかり。君に通じるはずの想念は、油汚れでくもっていた。
12月13日(土)
- noteに出した文章のつづきを、書かなきゃいけない。「すぐ書ける」「簡単さ、あんなの、いくらで書けるっしょ」と思い、なめて、上の空。で、いざ書こうとすると、角度がわからない。もとより整理されてない。
- 書くには書ける。でも、これでいいのか? 以下に貼り付けたのは、試文。
いつからそんなに弱くなった? いつからそんなに褒められたくなった? いつからそんなに、孤独に耐えられなくなった? おかしいよ。まったくおかしいよ。ああ、俺はおかしかった! 俺は俺じゃなかったんだ! へんになっていたんだ!
君は俺を見て「ああ、こいつはたいしたことないやつだ。ま、適当に応対しとこう」と、値踏みした。その感触を、俺はまだ覚えてる。君のことを褒めそやして、ご機嫌を伺って、君が俺にとってどんなに大切な存在か力説すればするほど、君は俺を軽く見た。詩を書いて君に見せた。歌をつくって君に聞かせた。君は「いいわね!」と喜びの声をあげ、それからすぐ、それをさも当然かのようにぞんざいに扱うようになった。世界がすこしずれ、ずれたときに出た音が、俺の耳にきゅういーんと響いてのこってる。もう二度と、あんな音は聞きたくない思いなんだ。でも俺は、ずっと学習しなかった。要領が悪く、自分自身も信じていなかった。俺は俺の感覚を信じられず、他の先導する情報に頼った。君には、そのこともなんとなく伝わっていて、俺は自分の行動も思考も自己決定できない非力でのろまな頓馬であるという評価がなされた。
そのすべてが、間違いなく、俺にとって屈辱だったんだ。
それでも俺は、怒れなかった。怒る、という方法がわからなかったんだ。怒ろうものなら、それはすべての終わりを意味した。そうとしか思えなかった。怒りとは、我慢するものだった。我慢して、ときには無視して、万事平穏無事であるように、自分を殺すものだった。
それで君は、俺の苦しみに靴のまま足を乗せてきた。硬いかかとで踏んづけて、ぐりぐりとほじった。重かったし、痛かったけど、俺は声を上げることができなかった。まさか、君が「わざと」そんなことをしているなんて、どうしても思いたくなかったんだ。
なぜか? 君のことが好きで、好きだった君が、ひどい悪人であるかのような想像は、したくなかったし、君のことを好きだった俺自身のことを、俺は守りたかったんだと思う。
俺は君に、媚びへつらっていた。君に服従し、君に忠誠を誓い、君を決して裏切らないと約束し、君のためならなんでもするよと持ちうる最大のやさしさを表現し、そうして君から、愛を得たかった。君に愛されたかった。愛がほしくてしょうがなかった。君と愛しあう夢をずっと見ていた。君は、そんな俺を、ただたんに、都合の良い馬鹿だと思っていただけだった。俺は、君から主に、馬鹿にされるという経験をした。君は、俺のことを、好きじゃなかった。かといって、嫌いでもなかった。そのどちらですらもなかった。俺は徹底的に、どうでもいいやつだった。いてもいなくてもよかった。俺がいてもいなくても、君のことを、君の世界を、なにも変えなかったし、それが君にとっていかなる意味をももっていなかったことを、俺はみとめることができないでいた。でもいま、俺は、それをみとめたいと思う。俺は、君にとって、なんの価値もない人間だった。無価値だった。
自殺か他殺かそれ以外か、だと思う。生きるとは、煎じ詰めれば、そのみっつしかない。
俺は、加害者なんかじゃなかった。俺は、なんの主権も発揮できていなかった。
自殺したい、けどできない。人殺ししてやりたい、でもできない。しょうがないから、歌ってみる。そんな順番でしかないんじゃないだろうか。ほんとはみんな、そのはずだ。
———————————————————--
- さて、俺は、次に行かなくちゃいけない。「39才への道」とかいってんだから、誕生日企画に話がつながるんだろう、と思われる。ソウルの問題。それは、きれいごとじゃない。血が出るんだ。出てます。それを告げる話になった。だから、嫌なんだ。いいたくないんだこんなこと。書きたくない、さらしたくない、読まれたくない。でも、読んでほしいんだ! 公開したいんだ。いや、公開しなくちゃ、嫌なことしなくちゃ、次に行けないってかんじなんだ。それは「通過儀礼」ときれいにいえばいえる。きれいか? きれいなんかじゃないよ。
- 俺は、同情されたいのか? ああ、そのとおりだろう。それで、承認がほしいのか? ああ、ほしいんだ、承認が。つまり、「承認されてない」って感じがするからね。たぶん、俺は、巨大な勘違いをしているが、その勘違いのまま生き進むのが、ここにおける表現の場所なんだ。
- ちくしょう。なんにも、わからない。俺は、きっと、人を傷つけるんだ。
- ああ
- ……
- さっきの文章を何日か前に書いて……そう、深夜のココスだった。何日か前、じゃなくて、11日の深夜だ。まだ2日しかたってない。これを書いて、いったん置いた。ここから先がまだ書けなかった。このままでは、なにか妙な、失恋男の繰り言にすぎない。そうだろう。攻撃的と受け取られるかもしれない。つまりこれは、「前置き」でないといけない。そう……いま俺はここで、自分に対する、いや「自分の表現したもの」に対するメタ視点、自己批評、編集をしないといけない。そう、俺は、絶望を獲得したんだ。それは神的な契機だ。その絶望から、どこに出発するんですかと。それが問いだ。ああ、しかし、ちんけなもんだな。ちんけすぎる。思想のほうだけが、壮大だ。あほじゃないか。
- ちがうんだ。こんな実存と、思想は直接関係していないんだ。
- いや、ちがう。ちがうぞ。順番はどちらが先か、従属的かわからないけど、関係はするんだ。
- それは、ルソーみたいなものか? 個人の実存と、思想の往復関係。そうした全体構造。
■
- 子どもの自殺が増えている。現代における「死」は抽象化され、バーチャル化している予感がある。能登の羽咋市で出会った、折口信夫の墓の、その奥にある「無名の土葬墓地」のインパクト。あそこでは、「死」は、実体化されてのこされてあった。「土葬」は、死をもっと身近にとどめる。そんな強い印象をもった。
- 火葬じゃないんだ。火葬は、やはり、どこか抽象的だ。それが良い場合もある。というか、いま日本ではほぼすべてに近いほど火葬が主流だ。土葬はほぼ途絶えてる。しかし、かつての日本では土葬がずっと一般的だった。
- 妖怪は、土葬の産物なんだ。日本の民俗的真実は、土葬からもたらされている。俺はそう考えている。漫画でも、ゲゲゲの鬼太郎なんてあきらかに土葬だろう。あれは火葬じゃ成り立たない。
■
- 魂の再会、みたいなことだろうか? いま俺が書きたいことは。そうかもしれない。「今世では失敗しました。来世で会おう」ということかしら。いや、「あの世で会おう」でもいいんだ。死の国で、はじめて伝達される死後の価値がある。死後の伝達。それが俺が書きたい「思想」さ。
- 沈黙の有意味性。世界の沈黙の総量。そうしたものと「ふれる」契機をつくること。それが「ソウルの問題」。この問題に、いかに答えるか。それを考えることがすでにソウルの問題に関わることになる。
- 墓地は静か。それはそうだね。そこでは、沈黙との対話がある。ありうる。
- 公園もそうだ。人、子どもが遊んだ「痕跡」がある。それはいま目に見えなくても、時間性を超えてその場所に堆積している沈黙の地層となっている。
- ああ、つまり俺は、「自分の沈黙」を、この場所の堆積する地層としてのこそうとしている。表現。それがそういうもの
■
- なにをどう考えて自分を律するか。
12月7日(日)
以下、noteのほうにも転載した文章。「だめな自分をつづる」という、いささか前時代(平成?)的な姿勢。しかし、メタレベルで思う。脱権力とは自虐のことでもある。同時にさまざまな批判がありうる。アラフォーのマジョリティ男性がこのように「己の弱者性」を押し出すこと自体が欺瞞であり、弱者性の搾取だ。もっと直裁には「40近くにもなってみっともない。いい大人が甘ったれんな」というもの。そういう批判にさらされたい。問題は、権力なのだ。「戦争反対」といくら言っても、己の権力性を脱落させる術を失念したら意味が変わる。身を低くすること。それもテクニックだとおもう。それは「ずるさ」でもある。
こうした文体をいまの時代にネットに上げる意味は、単なる自己憐憫のひけらかし、というだけではない。自分のキャラの補強、ということなら、かなりダサくてセンスも悪いようにおもわれる。本質はなんだろう。加藤典洋が言っていた「事後性」がヒントになる。批評家の言葉を借りるのもさかしらだが。てかこういう屋上屋がゼロ年代的なメタ構造であると同時に逃げでもある。それはなりふり構わぬ身体の強度を落とす。なのだが、とにかく今の時代は、なにもないのだ。だから、とにもかくにも複雑なことを多層的に同時におこなう必要性があると踏んだ。
つまり、僕は強者にちがいない。そこが最大の欺瞞なのだ。すべてはポーズにすぎない。本当に「弱く」なるつもりも覚悟もない。ただ、戦略的に格好をととのえてるだけだ。家族内においても、コミュニティ内においても、自分が「弱者側だ」と言える根拠はそんなにない。当然だ。俺なんかより、もっと弱い人々がいくらでもいる。
そこまでわかっていて、なぜこう書くか? それが、「手をのばす」ということの加害性だった。無謬ではいられない。ずるさを引き受け、まずは主体とならなければ用をなさない。そんな考え・態度が、生成されていく過程をそのままに記そうとおもう。
■
しかし、じゃあ誰が犠牲になっていた? 誰が俺の強さや弱さを支えていた? 誰が俺に傷つけられた? 誰が俺に無視された? 誰が俺に負け、誰が俺を憎んだんだ?
それを書くのはまた今度だ。ああ、どうしようもない。「どうしようもない」と言って話を閉じようとするのが、もっともどうしようもない!
つまり、信用しないことなんだ。こんなの、考えてるだけ、書いてるだけじゃないか。意味ないよ! 行動の世界とはちがう、どうとでも言えるじゃないか。免罪符の発行かなにかのつもり? くだらないよ! ああ、でも、俺はそこから手をのばそうとしてる。どう思う? 汚らしいと思うのは当然の反応だ。
こうした文体をいまの時代にネットに上げる意味は、単なる自己憐憫のひけらかし、というだけではない。自分のキャラの補強、ということなら、かなりダサくてセンスも悪いようにおもわれる。本質はなんだろう。加藤典洋が言っていた「事後性」がヒントになる。批評家の言葉を借りるのもさかしらだが。てかこういう屋上屋がゼロ年代的なメタ構造であると同時に逃げでもある。それはなりふり構わぬ身体の強度を落とす。なのだが、とにかく今の時代は、なにもないのだ。だから、とにもかくにも複雑なことを多層的に同時におこなう必要性があると踏んだ。
つまり、僕は強者にちがいない。そこが最大の欺瞞なのだ。すべてはポーズにすぎない。本当に「弱く」なるつもりも覚悟もない。ただ、戦略的に格好をととのえてるだけだ。家族内においても、コミュニティ内においても、自分が「弱者側だ」と言える根拠はそんなにない。当然だ。俺なんかより、もっと弱い人々がいくらでもいる。
そこまでわかっていて、なぜこう書くか? それが、「手をのばす」ということの加害性だった。無謬ではいられない。ずるさを引き受け、まずは主体とならなければ用をなさない。そんな考え・態度が、生成されていく過程をそのままに記そうとおもう。
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しかし、じゃあ誰が犠牲になっていた? 誰が俺の強さや弱さを支えていた? 誰が俺に傷つけられた? 誰が俺に無視された? 誰が俺に負け、誰が俺を憎んだんだ?
それを書くのはまた今度だ。ああ、どうしようもない。「どうしようもない」と言って話を閉じようとするのが、もっともどうしようもない!
つまり、信用しないことなんだ。こんなの、考えてるだけ、書いてるだけじゃないか。意味ないよ! 行動の世界とはちがう、どうとでも言えるじゃないか。免罪符の発行かなにかのつもり? くだらないよ! ああ、でも、俺はそこから手をのばそうとしてる。どう思う? 汚らしいと思うのは当然の反応だ。
- 12月19日に39才になる。甘ったれた39年間だった。もっと自分をさらす覚悟が必要だ。中途半端で、けっきょくまともな音源も出せず、内側でもんもんとするばかりだった。頭が悪いのだ。かっこつけてはいけない。地べたにひれ伏さなきゃいけない。まだまだだ。自分を守っている。生活も書けていない。公にさらす。どこまで書ける? どこまで材料にできる? 身の毛のよだつ昼間の時間の身体と、夜、そこから逃れ解放されるようなライブ空間。自分の怠惰や甘えが、自分自身の魂を腐らせる毒になる。その毒を喰らって「ああ、おいしいなあ」などと余裕ぶる。切実だ。でも切実さを隠す。平常のふりをした。入口からはいって、夜は自由を目指した。昼間の身体の疲れやストレスを、どうにかできないか。歌もギターも疲れていた。クオリティで勝負できる人間じゃなかった。そんなきらめく才能はない。俺の得意技は、どこにある? めんどくささと馬鹿さ加減だ。しつこさを突き抜け、さらしものとなり、笑われる。笑っていただく。それが必要じゃないか? そうできているか?
- 自分の等身大、二重性、昼と夜の乖離、しょうもなさ、できるかぎりさらしていきたい。そうでないと、俺は、たんなる「変わったことを語ってるブルース系ポエム歌手」でしかない。そんな存在じゃ、だめだ。もっと痛くなる。もっと情けない。みっともない。だめな人間。それでいい。「だめでいい」んじゃない。だめさの自己肯定ではない。だめさの提出が要るのだ。自己否定がある。自己嫌悪がある。いまどきこんなめんどくささは時代遅れだろう。だが俺にはそれが必要だ。
- このまま、くすぶっているわけにはいかない。でも、きれいな顔をしすぎた。きれいなふりがしたかった。いや、たんに、俺は「普通」にあこがれてたんだ。いいひとじゃない。とんでもない。俺は悪人だ。でもすぐに「悪人正機」なんていいだすから、信用ならない。メタ構造がいる。こうやって書いたことを公表するのは、自分で自分を解体したいからだ。そして他人に委ねる。「手をつなぐ」というのは相手に求めている。「手をのばす」ことがしたい。空を切る。孤独。かっこつけたいわけじゃないんだ。いや俺は、かっこつけていた。馬鹿らしい。歌をうたう。一生懸命練習もした。ギターもしかり。それなりにがんばってきた。だが、別に上等になれたわけじゃない。それよりも、けっきょくは、自分の実存があるかどうかだった。質量がいる。いま俺は、自分をつくりなおしたい。そして見せる。見せてしまう。自分の机の引き出しのなかにしまってしまわない。ああ、メモの断片がたくさんはいっていた。みんな、きみには関係のないものだ。きみに関係するものはなにもないんだ。なにひとつ。俺は日常会話ができない。よくそういわれた。そうかな、と思った。でも、その「日常会話」の中身がちがってたんだ。定義のちがいは人間性のちがいだった。俺は、気が合わない人だったんだ。わかるよ。そうしたら去るしかない。
- それが、「手をつなぐ」世界だ。結局南極、相手方が手をつなぐ意志がなかったらしょうがない。さよならだ。それで、さよならになる。せんなきこと。しかたなし。ああ、で、この手はどうする? 宙ぶらりんなので、しばらくほうっておく。ぶうらぶうら。ぶらぶら。ぶううららぶらら。手が、手持ちぶさただ。荷物をもってみる。重い。もう持ちたくないんだ。疲れたよ。放す。誰かひろってくれないか。自分じゃもう持ちたくないんだ。それで……ああ、話しかける相手も誰もいないと気づいたとき、「手をのばす」ことの必要性に思い至る。
- なんにも、したくない。寝ていたい。でもそれじゃああんまり生きられないから、立ち上がって用をなす。立ち上がって……その立ち上がることが、おっくうだった。トイレにいくのも一大事だ。膀胱がつらくなる。そのとき、地下室の住人の気分だった。歯痛すらも快楽に転換する。そのような装置を仮に「文学」と呼ぶなら、それがあればいいと思う。いま文学はあるんだろうか。どこにある? みんな、早々と、強いものの顔つきをして、正しいことを言っている。仲間といっしょに、仲間の言葉をしゃべってる。
- トイレにいけない孤独がある。それは、無意味だ。無価値だ。無意味で無価値なものが、たくさんあった。それらは数えられもしないで、けっきょくどこにいったろう? そのとき、孤独な人の影が、いまもどこかで、駅ナカのトイレの鏡の前あたりで、漂っては無視されている。そんな予感にさいなまれて、俺もその鏡を見ると、嘘つきの顔がそこに映っている。なんだろう、嘘をついている気がした。お天道様がそう告げた。AIが監視して俺に通知した。内面化された父性が俺を射抜いた。さて、こんな話がしたかったんじゃない。俺は、手をのばすんだ。いま、のばしてないか? そう問いたいのは、まだ「つなぐ手」を求めている心があるからだ。心は、ここにある。こいつは、いなくならない。だけど、もっと未来が見たい。いや過去かもしれない。もう生きていない人のことかもしれない。見る。顔。彼は告げた。「この世界が生きるに値しないので、ぼくはいなくなるよ」。そう言った彼の、その言葉に、どう反論できようか。未来を見る。生まれてこない命がある。かつて生まれなかった命がある。中絶されて、生まれてこないまま死んだ妹だ。いや、弟だったかもしれない。そいつは、形而上的な存在となって、抽象的な人間となって、永遠にある。俺は、そうした、いまこの世界にいない人間たちのことを思う。思ってみる。それは、現実遊離にちがいない。一種の逃避かもしれない。痛みをそらす行為だ。防衛機制だ。そうかもしれない。だが、思ってみないことには接近できないのだ。俺は、忘却のなかにいる。手をのばすだと? お前が手をのばす? 忘却のなかにいる人びとは、のばす手をもたなかった。それで俺は、そうした人びとに気を使って、遠慮した。でもそれが、よくなかったってことだ。
- 手をのばす。それしかないんだ。しかしなんのために? それが問いだ。俺は、安直な答えを用意したくない。俺は、ひとつの、不完全で未熟な半端者だ。それをもっと認めよう。小突き回そう。自分で自分をコケにしよう。阿呆でいいんだ。もっと堕ちるんだ。それで、手をのばすつもりなんだ。その上で? 図々しいだろう。ああそうだ。あいつらの失われた手。俺はずるい。生きるとはずるい。でも、そうだろう。つなごうとしても、もう手はないんだ。
12月5日(金)
- 自分の世界を外化していく。棚を埋めていく。それがいまのやるべきこと。40才、不惑への道。
12月2日(火)
- アテンションも「いいね」も承認も炎上もなにも関係なく、ここは書ける場だ。クオリティも問うていない。
- 大事な点はプラットフォームの外だということ。このHPもWEEBLYというサービスでつくってはいるんだけど、noteとかSNSのような単一の巨大プラットフォームではない。自分でサイトデザインしてるし、自由度がまったくちがう。そこに世界観も表せる。
- この「自由度」、これが重要じゃないですか。なんでしょうね、いまの世の中のこの……
- 高校生の鋭利な言葉たち|鳥羽和久 いまの若者の変化はなにか? 大人の側の変化、矮小化、社会の陳腐化が、まず根底にある。ああ、ソウルの問題。それは、前近代以来のテーマだ。そこに、現代につらなる人間社会の変容がこもってる。
- インターネットというテクノロジー、サイバー空間も、かつては「自由の場所」の象徴だった。いまでは、もはや隔世の感。若者目線で見れば、どこに「自由」なんてあるのか、そもそも、「大人」はどこにいるのか……そんなふわふわと浮いた感覚が無意識にあるかもしれない、と思う。
■
- 山田太一のドラマが好きだ。彼が亡くなるすこし前から、たまたまハマり始めた。『岸辺のアルバム』も『沿線地図』も、『男たちの旅路』も『早春スケッチブック』も、世代間の対立や葛藤、人間の生きざま、人生の価値観をめぐってドラマが紡がれる。
- ああいう、熱量の高い、いま見れば「味の濃い」物語に接すると、ここに「大人の残滓があるな」と感じるのだ。
- 『男たちの旅路』の鶴田浩二も、『早春スケッチブック』の山崎努も、いまは絶滅した熱血親父の系譜であり、戦争中の傷を終生抱える影のある男であり、芸術を信奉する反世間の男である。
- そこには、たしかに「自由」の質量がある。そこには使命や責任がある。「なんのために生きるのか」という古典的な問いと格闘した、にじみ出た答えある。そんな類の、文学的といってもいいが、「味」に飢えている若者を想定するのは、すこし手前みそにすぎるだろうが。
■
- わからんすわ ほんまに。『岸辺のアルバム』の あの津川雅彦ね。 あいつが いい味だしてるのよ。 ほんと しかしいま見るとあれもだいぶあやしいがな・・・ ああ、中田喜子がね。 そうそう、先生が生徒の姉と結ばれるなんてなあ・・・ しかもいきさつがアレだからね。 ち、やっぱり昔のドラマはえぐいよ。 いやいや、いまのドラマのほうが「えぐい」シーンは多いんじゃない? そうねえ、でもなんとなくそのえぐさが効いてるのかなあ、って疑問もかんじるというか・・・
- うーん
■
- 誰かが書いてたが、「不快ポルノ」がいまの流行りだっていうね。『タコピーの原罪』でも『みいちゃんと山田さん』でも。あれかな、『ザ・ワールドイズマイン』とかもそうだったかもなあ。それで言うと、『デビルマン』からそうなのか? いやいやじゃあ「聖書」そのものが不快ポルノの面があるよなあ。
- しかし、そういうことが言いたいのではないだろう。需要環境の変化、言説の変化がある。それはなんだろうという話。「不快ポルノ」化したコンテンツの、その速さや浅さの面。虐待や暴力を描いているからといってただちに「深い」はずはない。それはもっぱら「効果」を狙った、ある種、人間への刺激を第一としたエフェクトの様相を呈する。
- それでは、ないのだ。深いものが必要だ。
- それで、ソウルの問題に戻る。ひとことで、抽象的に言えば、「不快ポルノ」にはソウルが足りないかもしれない。「不快」とはいえ、終戦後の戦後文学には、ソウルがあったはずだ。当然それは、戦死者への弔いの意識が濃厚だったからだ。
- そうした「喪」の意識が抜けたところで、不快表現はポルノ化する。せんじつめればそういうことかもしれない。いささかわかりやすすぎるきらいもあるが。
適当にアップした録音。消せなくなってしまった!!汗
11月27日(木)
マレビトになる マレビトとして 役を割り当てられる
その役を「ひきうけて」 しばらくその場にいる/いない
いないようにいる
詩人というのはやわらかいものだ
散文ではなく
ポエジーが死の領域からやってくる
立入禁止のチェーンのむこうがわだ
音楽は境界をこえる
そこで歌はひびく
音はひろく ふかい
生きている世界にしばられなくとも
歌はひびく 自由にのびる
死んだ人間たちの夜の世界では
死者のフェスティバル
死者のダンス
幽霊たちがそこかしこにいる
しかしふだんからみえない
みるものはかぎられる
死ぬということは変わらないことだ
愛は死をもってして
未来の不変となる
その役を「ひきうけて」 しばらくその場にいる/いない
いないようにいる
詩人というのはやわらかいものだ
散文ではなく
ポエジーが死の領域からやってくる
立入禁止のチェーンのむこうがわだ
音楽は境界をこえる
そこで歌はひびく
音はひろく ふかい
生きている世界にしばられなくとも
歌はひびく 自由にのびる
死んだ人間たちの夜の世界では
死者のフェスティバル
死者のダンス
幽霊たちがそこかしこにいる
しかしふだんからみえない
みるものはかぎられる
死ぬということは変わらないことだ
愛は死をもってして
未来の不変となる
11月20日(木)
- 心乱されることはある。安倍暗殺、テロ。山上事件は、僕から見えるのは、「家の物語」ということ。安倍ではなく、母を殺すのが彼のすべきことだったはずだ。
- 裁判がやっとはじまり、また世を賑わす。妹の発言。家、家、家。そこに「宗教」の役割は、外部からくる搾取の手として意識される。それを意識することで、母は無謬化されもする。
- 母をピュアなものとするために、彼は統一教会を撃たねばならなかったが、もちろん、そのような心情を僕は否定する。彼が撃つべきは母であり、彼が面対すべきは母の汚れのはずだった。彼も、彼の妹も、その言葉から、家の汚れと向き合って乗り越える意志力を感じることができない。
- 当然、批判は、その点にあるべきだ。だが、我が国のメディア、知識人、ジャーナリストおよび大衆は、めくらましの「家の悲劇」に同情するばかりで、まったく悲劇を超える視点を提供することがない。これが、この国の社会の現状だった。僕はだから、この地点からものを考えねばならないし、言葉を発し、ここから歌うしかない。そういった全体状況への絶望が、ただある。
11月16日(日)
- Xで「言語化」や「教養」や「批評」についての議論(ポスト)があるのを見かけた。
- 昨日の日記で書いたこともそうだが、「自己否定」「自己変容」を達成するには、根底的な「自己肯定感」「自己承認」が必要なはずだ。存在の承認。存在の肯定。
- だからそれは、宗教の不在。いま必要なのは、近代的な「批評」以前に、前近代的な「宗教」だろう。
- 生まれてきたことを肯定できるか。SNSにあふれる呪詛はなんだ。統計によって示されている子どもの自殺の増加は。
- サブカルでは「タコピーの原罪」があり、「推しの子」があり、最近では「みいちゃんと山田さん」がある。ドキュメンタリーをめくれば性暴力も虐待もいじめも自殺も自傷も詐欺も殺人もあふれている。
- 昨日書いたように、「恋愛の復興」は必要とおもう。ぼくもXで定期する論者のように、批評や自己否定が成熟の道と考える。だが、それ以前に、存在の肯定が欠如しているなら、それらはたんなる高尚な要求にすぎなくなる。
- おそらく理論以前に、実践が必要なのだ。法然や親鸞以前に、ブッダやキリストやソクラテスが必要なように。その意味で「言語化」のみならず(彼らは本を書かなかった)、「現場」や「行動」がなければとどかない。
- AIにはできない領域、といいかえてもいい。情報や言語だけなら、AIでも提供できる。でも人と人との関係性や、そこから生じる倫理、承認、感情は人間にしか惹起できない。「愛」もしかり。愛を相互的なものとするなら。
- 話はほとんど、ケアかセラピーか、という話の相似形になる。もうひとつは、医者兼患者であること。ぼくは、傷ついた主体として、自己をさらす必要があるだろう。焼けてしまった輪島で感じた「なつかしさ」は、ナショナルアイデンティティつまり集団記憶となった空襲被害を呼び起こしたものだったろうか。それとも、もっとパーソナルな「故郷喪失」感情に、ひいては「家の喪失」に根ざしたものだったろうか。それらが多層的に重なって、ひとつの身体に感情がふってくる。
- けっきょく、いまという時代につたえたい。つたわってほしい。どうすればいい? なにをどうアプローチすればいいだろう。いろいろな人が、様々な「現実への文句」を表明するが、当然、現実が嫌なら変えなければいけない。じゃああるべきなのは……
■
- 「愛」や「理解」が、愚直に必要なのであって、愛の方法が要るのだ。それはEフロムが言っていたことと通ずる。全体性の回復、とも言える。「癒やし」は必要だろうか。癒えないかぎりは、人は成熟に向かえないのではないか。しかし「インスタントな癒やし」ほど「卑しい」ものはない。陰謀論が跋扈する背景には、時代的必然性がある。人々は心の安定をもとめている。時代は転換しつづけ、近代から前近代へと回帰≒退行する。そのとき、歌や言葉にできることはあるか? 音楽家にできることはあるか? それはなんだ。まずは自分自身も、臆病な主体なんだということを言いたかった。そこから始めないといけない。救済の言葉は自己救済を兼ねるのだろう。
11月15日(土)
- がんばろう。17日は能登から八木さんがいらっしゃる。いい日にしたい。
- 人が、人をもとめる気持ち。それを「恋」とか「愛」とか、人類は言ってきたんだろうとおもう。で、いま、そんな「恋」とか「愛」を復興したい……というのも、どうも「恋愛」は、このところ "流行ってない" らしいのだった。
- 能登に関心をもつ、能登に行く、というのも、この「恋」とか「愛」に関係している、と、直感でおもっていた。人が、人をもとめる気持ち。それをいまいちど、肯定するというのか、押し出すというのか。「人に関心をもつ」「土地に関心をもつ」ということは、恋愛に近しい感情をベースにしている、とおもえたのだ。
- 「関心領域をひろげる」みたいな話をしたときもあったけど、要は、他者の存在を自分の側にも受け入れて、すこし自分をひろげてみる……ようなことかもしれない。「恋愛」も、そういう要素がある。自分が、それまでの自分でいられない。自分が変わる。
- そのまま、ありのままの自分を自分で「肯定」する、というのと、すこしちがう。「自己肯定」ではないのだ。他者の存在を受け入れるとは、他者の目線を肯定することであり、他者の存在を肯定することでもある。そこで「他者」がいなくなって、「自分」と「自分の幻想の投影」だけがのこるようになると、そのときは、自分を変えるものもまたなくなっていく。
- なぜ、自分は変わらなくてはならないのだろう。なぜか。ぼくたちは、他者に囲まれて生きる。他者に囲まれて生まれてくる。生まれた家も、家族も、友人も、みな他者だ。そのなかで、その他者の一人ひとりの、異なる目線や異なる感じ方、考え方とともに生きる。必然的に「ずれ」や「摩擦」が起こる。それらはときに、ないしはたいてい、不快なものとして感じられる。
- そのときに、その異なる他者とともに生きようとするならば、異なる目線や価値観を、自らのうちに内包させ、自分自身を拡張しなければならない。その「ストレッチ」を、みなが放棄する時代になれば、社会は、世界は、必然的にせまくなる。
- ぼくは、社会が、世界が、ひろくあってほしい。そのために、自分自身を変えていきたい。だからやりたい。異なる人々と、異なる土地と出会いたい。それは、「恋愛」と似ている気がした。きみと出会うことで、ぼくが変わる。ぼくと出会うことで、きみも変わる。そのとき、人間と人間が、対等な一人と一人として、そのときその場所に生きていると実感することができる。そうして、そんな人たちがたくさんいること。世界には、異なる目線をもつ、異なる人々がたくさんいて、それをもって「世界」と呼ぶことができるのだということ。
- ぼくには知らないことがたくさんある。知らない人もたくさんいる。知らない場所も、知らない世界もたくさんある。ほんのすこしでも、いまある自分たちが、変わっていけるような道筋を構想したかった。
- 「歌の千羽鶴」はだから、自分たちが変わることを肯定することを第一に置いたイベントだった。どんなにささやかな景色であっても、個人が変わるということの価値は、無限であると言いたい気持ちがあった。イベントは、ここまで、悩みながらやってきた。もとより「正解」のないなかで、いまだに自信がもちきれないけれど、これからもそのように、もっと悩んでやっていきたい。「正解」は、自分のなかにはなくて、人と人のあいだにあるような気がする。その「正解」は自然につくられていくものなのだろう、といまはおもう。
(おそらく、「恋愛」と「追悼」は対になるようにおもうけれど、両者はおなじベースをもっているのだとおもう。人が死者を弔う気持ちも、人が生者をおもう気持ちも。生まれてくる命と、死んでいく命は、おなじサイクルのはじまりとおわりで、どちらが欠けても世界はなりたたない。生まれる前の世界も、死んだ後の世界も、目には見えないし、数値化して統計に出すこともできない。けれど人間というのは、そのような目に見えない世界をイメージしながら歴史をつくってきた。ぼくはそれが、「人間」だとおもう。新しく生まれてくる子どもも、死んでいく個人も、最終的にはその意味を定義できない。それらの意味は、誰かが誰かを、愛すべきたいせつな人をおもう気持ちとして、一人ひとりが考え表現し、世界にそのかたちをのこし、そうすることで世界のかたちを変える。そんな営みが、「芸術」とよばれるもののしてきたことだとおもう。)
10月25日(土)
- うろじんけで言ったこと、前回の日記で言いたかったことは通底している。
- 高市政権が発足した。国内政治の政局は激変しており、ついていくのが大変だ。公明党も連立離脱。
- これからは右対右だ、といわれる。立憲は高齢層の支持にとどまる。いろいろな指摘がある。ごもっとも、とおもう。
- なんとなく、だがしかし、それ以前に、うろじんけで言ったこともそうだが、「それを言っててもしょうがないんじゃないか」という感覚も増している。
- コロナ禍報道も、かつての戦争報道と似ていて、数値化だった。「真実」は複数ある。だが許された真実以外は報じられない。そう書くと、陰謀論めいた色彩をおびるが。
- 「顔がない報道」が増えた。数字を報じることがジャーナリズムになった。それでいいのか? 時代や社会の矛盾点、対立点をとらえて報じる営みが減っただろうか。
- 森達也のドキュメンタリーに影響を受けた。あれこそ「時代の別の顔」「別の真実」を描いていた。オウムについて、マスメディアが撮らなかった顔を撮った。
- 一色ではない。現実は一色ではない。だが「メディア」は一色になりがちだ。だからこそ、表現者は異なる視点をあらわそうとする。そういうもののはずだ。
10月4日(土)
- 江口寿史が炎上している。「写真無断トレース」の件だ。
- 問題は、SNSである。ぼくは、いまの世相において、自分の立場や意見が共感されるとおもえないから。
- だから、(そういう人も多いとおもうが)SNSではなにも語らなくなる。そうして、一義的な世界は完結する。
- すこし、リスクを冒してみよう。嘘なんだ。牧人権力なんだ。擬態されている、権力の勾配のイメージが、ねじれてるんだ。
- なにをいいたいだろう? この種の問題にかかずらう。表現の自由や領域を守る……などと感想している。
- この感想はなんだろう? ライブハウスにせよ、マイナー表現のマイナー性とは、グレーゾーンによって成り立っている。その緊張感によって自分の思考をくみたてる。
- だがどうなっている? そうしたグレーゾーンは、「尊重されない」。みんな、当たり前に思っている。だが、どうだったろう? コロナ禍でどうだったろう? 自由とは、いつ手に入っていつ失われるだろう。ぼくたちはなにによって守られているだろう?
- なにによって守られてるか。もっぱら、放置されることで守られてる。「炎上」とは、その「放置」の状態の終了を意味する。もし、仮に、あなたが「炎上」したなら、あなたが行使していたグレーゾーンの自由は、瞬時に終焉するだろう。この種の問題は、こうした危機を予感させる。ぼくは、そのことを怖れているのか。
- 怖れている。苛立っている。こんなことが……しかし、あなたとは話があわないんだ。話があわない、そんな顔ばかりあった。いや、「話があう」ということはあっても、それはもっぱら、「ネットでは言えない話」みたいになった。なんだろうそれは。そんなんでいいのか。
- いくつか参照URLを貼っておこう。
- 合法と違法の線引はどこに? 現代美術のアプロプリエーション|美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/series/s22/21006 - 頻発するトレパク騒動 イラストのトレースと著作権法を解説 | モノリス法律事務所
https://monolith.law/corporate/copy-plagiarize-tracing
- 合法と違法の線引はどこに? 現代美術のアプロプリエーション|美術手帖
9月1日(月)
- 9月になった。定住もソロもライブがつづきゴーイン・オン。
- 引いた目線で整えなおす。
- 男がパソコンをいじっている。子どもがそれを見つめている。興味深げに。そこは市原のフードコート。家族連れで賑わう午後。スマホでゲームをしている小学生たち。よく日焼けした肌をしている。証明写真を撮る無人ブースが敷地角にある。男はそのブースを見る。
- 天然自然の資源というのは有限だけれど、まずもってその「資源」に目がいっていないのか、そんなことを考える。つまり「東京」と「地方」の目線のちがい、価値感覚のちがいを思う。東京にはなにがあって、なにがないのか。そんなことを、冷静に意識するリテラシーも過少につき、なにか「もたざるものの恨み」のごときものが流布される。
- インターネットというのは、まずは非身体の空間だった。バーチャルなものだ。だからそれは「仮想空間」なのだ。それを取り違えてはいけない。天然自然とつぶやくとき、ネットには天然自然は存しない。ネットにあるのは概念だけだ。だから、人の意識の総体は必ず観念過剰になる。その結果がいまの世論に反映されているのだ。
- ミスタードーナツのアイスコーヒーは適度にほろ苦い。男はグラスにしたたる水滴を人差し指でぬぐう。その右手を紙ナプキンになでる。またキーボードに戻る。
- だから、非身体の限界や領域をもっとあきらかにしたほうがいい。僕たちは、取り違えているのだ。ネットにあるものとネットにないもの、リアルにしかないものを。しかしではなぜ、僕たちは「取り違える」か? そのことの以前に、「東京」という街の成り立ちにおける非身体性、過剰観念性があげられる。つまり、僕たちは、もっと以前まで遡らなければいけない。そのために、天然自然と出会うことが必要だった。谷川雁のように「東京へゆくな ふるさとを創れ」と言うか?
8月25日(月)
- SUNLIT BURGERでのライブの帰り、ココスに立ち寄りすこし書く。歌を歌いギター弾いてうひょー、とやってると、それは気合いの世界なのだ。気合い……どっこい、沈思黙考。は、なにかもっとつかみどころのない、雲のようになった。
- 思索を思索で終わらせず、具体化、具現化、現実化せねばしょうもなかった。そこで自虐に「俺はだめなやつだ!」と芸しても、そんなことでは物事が動作しない。
- 書くのも、歌うのも、創作だ。……戦後80年で、あのポスター。国立近代美術館でみたぞ。高村光太郎は、自責した。動員、動員。そんな「戦争中」の「お話」と、今現在のこのハイパーテック社会の、どこがどう関係する? ああ、けっきょく「人間」だった! 人間の愚かさ、その条件は変わらないって話だった。
- 歌の千羽鶴、さて、ここからどうやっていけばいいだろう。そのことに悩む。もう8回やった。お金は、30万ちょっと貯まった。次の段階に進まないといけない。「ぼくたちは越谷でこんなことやってます」という紹介を、能登の人にも、全国の人にも伝えるページをつくろうとおもった。それはいい。いろんな発信を組み合わせるのがよいはずだ。なんだか、たぶん、完璧主義すぎる。動画で発信してもいい。そこらへんは手を出せていない。「自分」という人間のそのままを、伝えながら、「やりたいこと」をシェアしていく……という方策。
完璧主義というのか、億劫がってるのか、さけてるだけなのか、とにかく俺は腰が重いんじゃないか。「軽い」まんまでひょいひょい動ける、身のこなしを維持できたらいい。どうしても、日常の網の目にはまりこんで、心も体も縛られる。でもそんなこといってられない。俺がやらなきゃ誰がやる! こういう文字面でも、重い軽いがある。おう!
フットワークの軽さ……まずもって「心の」フットワーキング。オープンな心の構えを、いかに維持するか。それにはなにが必要か。日々のルーティン。身体的な「ほぐし」が必要だろう。ストレッチとか、息のととのえ。深い呼吸。軽い運動がいい。歌うこと演奏することは身体負荷にもなる。ただ、それやってても(いままでもやってたわけだけど)、日常のなかには壁がある。日常の壁を超えきる自信がまだない。とても強い。壁の力のほうが育ちすぎた。俺は、壁に屈服しているのか。その壁は、誰の生成なんだ。いま、ライブの帰り、俺は、ココス・ファミレスでひとり自由だ。この「自由」は、しかし「不自由」の副産物か、成果物か? 俺にとって、日常の穴から抜け出るわずかな躁鬱の「躁」のような時間。夜、帰るとうまく眠れなかったりするんだ。いやだな、そんな夜は。周り巡って、自己嫌悪。安直な、自己にくっつく、虫。 - さて、駄文は長くなる。みんな歌い手は、自分の生き様をパフォーマンスに転化する。ああ、それを見ていると、人生が透けて見えるよ。そこにどれだけの、ストレスがあるか? その人の言動、歌の方向、そこには、どのような内的反発が胚胎しているか? 俺は俺で、俺の生き方の延長線で、やってくしかないわけだ。それで……
- さまざまな停滞を打破する。そのためには、心を軽く保つ必要がある。絶対に。重くなるときがあっても、やるときは軽く変態しなければならない。それができるか? ではなく、やる方法を考案せねばならない。たぶんリズムをつかめばいけるはずだ。これもこの文章もその弱拍と強拍のひとつずつである。小節をまたいで、曲はつづくだろう。
8月19日(火)
- CRUISING CHIBA 2025、とても良いフェスでした。楽しかった。が、飲みすぎてしまった。反省。
- 自分のやりたいことは、「物語をふたたび手にすること」なんじゃないか。歌とは、けっきょくのところ、歌を支える物語ありきのものだ。たとえば「メジャーデビュー」にしても、それが「成功である」というロールモデルが生きているから目標として使えるわけである。
ところが、そうした物語がどれだけあるか。ぼくは、いまの音楽界隈、あるいは社会全体に、ニヒリズムが蔓延していると感じる。それは物語の不在による。信じるべき物語の不在。ぼくたちはどこからきて、どこにいて、これからどこにいくのか。そうした問いに答えられず、とりあえず既存の価値観に内閉している現状が目立つ。 - ぼくは、そうした現状から一歩進みたい。そのために、まず物語の雛形を提出する。そうした試みが、ぼく自身の歌となって現れる。そのような考えのもと、音楽をやりたい。
- そのために、理論と実践を協調させていかなければならない。このところ、そこが足踏みだ。実践をやりきる集中力を、なかなか手にできないでいた。昨年のワンマン(沼田謙二朗VS千葉)以降、次の段階にいくのに暗中模索状態に陥ったところもある。誰かが道をつくっているわけでもないので、自分独自の道を切り開かなければならない。
8月12日(火)
- それまで「人新世」というタームに興味がさほど湧いていなかったのが、能登に行ってから関心が高まった。身体感覚として、「天然自然とのつながり」のような感覚が実感できたのだ。飯田小学校の夜の坂道や、忠霊塔の池など。自分が自然を見てる、というより、自然に見られてるような感覚。五感、が立つような。
- 「見てる主体」から「見られてる主体」になる、ということかもしれない。それを、人間社会の外でもつ。世界との純粋な関係(というと野暮ったいが)のようなもの。
- ああ おれ みられてるなー きつね に みられてるなー
- エコロジー、なんていう言葉、概念も、なんというか遠ざけるところがあった。なにか、自分にはなじまない、自分のものじゃない感じ。なにかわからないが、道徳的に善であるような雰囲気がある。エコロジー、という言葉に、良いイメージがなかったかもしれない。
- このへんの思索をまとめるのは大変だ。いや思索するだけじゃだめだろう。身体経験がいるのだ。ほっほほ ほほう。自然と対話する。そのような経験、空間、時間がなければ……
- イーロン・マスク特集のNHKスペシャルもやってたが、ディストピアSFの世界は現実のものになっている。なにが本物でなにが偽物か。あんがい、手書きのメモやFAXが意味を発揮するような時代でもある。森友学園の問題のとき、そのようなことがあったと記憶する。みんながデジタルのメールやLINEを使う時代に、「デジタルの外」でやりとりするのにはある意味で反権力的な自由の意味が宿りうる。
- 本物であること、本当であること……それは、生き物であれば「死ぬ」こと。死ぬことのできる存在が、本物の生命だ。死んで二度と復活しないもの。
8月4日(月)
ぼくが歌うときには、ぼくの声しか聞こえない、ようではだめじゃないか?
■
昨夜はごりごりに行き、パキラのワンマンライブを拝見。アルバムも購入。よかった。楽しい日だった。しょうへいもいた。人が集まって、談笑しつつ、音楽を聞いて、その音楽は彼ら彼女らの表現だから、それを受けて、また共有したものの空気のなかで、会話できるのは楽しいことだ。ぼくは、なんとなく懐かしい気分になってもいた。遠い八月。ラムネソーダの夢。センチメンタルな気分が、微量なシロップのように心におちていた。
それで今日はぼくもライブだ。越谷に泊まり、朝銭湯にいき、いまコメダ珈琲に入り、隣の席で親子が受験について会話するのを横で聞きながら書いていた。世界にはいろんな歌がある。日本には固有の歌世界がある。それらへの憧れがにわかに高まりつつ、サブスクで、いくつか新たな音源を聴く。マイナー調の曲。
■
昨夜はごりごりに行き、パキラのワンマンライブを拝見。アルバムも購入。よかった。楽しい日だった。しょうへいもいた。人が集まって、談笑しつつ、音楽を聞いて、その音楽は彼ら彼女らの表現だから、それを受けて、また共有したものの空気のなかで、会話できるのは楽しいことだ。ぼくは、なんとなく懐かしい気分になってもいた。遠い八月。ラムネソーダの夢。センチメンタルな気分が、微量なシロップのように心におちていた。
それで今日はぼくもライブだ。越谷に泊まり、朝銭湯にいき、いまコメダ珈琲に入り、隣の席で親子が受験について会話するのを横で聞きながら書いていた。世界にはいろんな歌がある。日本には固有の歌世界がある。それらへの憧れがにわかに高まりつつ、サブスクで、いくつか新たな音源を聴く。マイナー調の曲。
8月3日(日)
昨日はMOTOWN CLUBでジンギスカンを食べながらライブ。楽しい空間だった。
黒澤大介さんの人柄に包摂されつつ、イベントは長丁場だったが表現は多様だった。いわゆる、「ダイバーシティ」ではなく、個性があった。
ライジングマツさんの歌はローカルなテーマ、ジャーナリスティックな目線あり、共感した。
■
自分の表現がもっとビビッドに、立っていってほしい。歌が、「歌うこと」によって回路ができる。たとえば「原発」と歌い出せば、その場に「原発」という言葉、「原発」と口に出すことが銘される。「原発」には政治的価値判断がくっついてくる。ミュージシャンが「原発」と口にすれば自動的に「原発反対」の意図を受け取られる。しかし、そうではないということが重要だ。
■
自国の加害責任を意識することができるのは、ナショナル・アイデンティティを有するからだ。高橋加藤論争において、高橋の言い分もわかる。いや、考え直せば、他国の「日本軍による被害者」と出会うことによって、ぼくたちの加害者意識が宿る、ということはある。問題は、けっきょく、その主体の成熟度にかかる。
さて、被害と加害の関係において、ナショナル・アイデンティティがねじれて作用することもあるだろう。
イスラエルと中国に似た部分があるとしたら、その被害者意識ナショナリズムが、かつての加害国の加害者意識ナショナリズムと共働することで、免責される傾向をもつことだ。ガザ問題に声を上げる人が、ウイグル人弾圧問題に声を上げる割合が低いのは、欧米における反ユダヤ言説の取り締まり、イスラエル批判のハードルの高さと似た部分があるのではないか。政治的党派性によって、日本においては、ウイグル人弾圧問題を批判するのは右派ばかりになる。ぼくらは簡単に「イスラエル擁護派」の政治家や言論人、有名人を非難するが、これを「日本における対中国言説」に置き換えたら、簡単に見えたもののややこしさがわかる。反ユダヤ感情がじっさいに存在し、反中国感情もじっさいに存在し、歴史的に過去の暴力も存在するとき、「かつての被害者」を「かつての加害者」がいま批判するような、居心地の悪さを感じるはずだ。
当然、問題を切り分ける必要がある。あまりに単純な善悪二元論で、自分を善の側におこうとする心性において、これは難しくとも。自国の戦争責任、加害責任を意識し続けることと、その国の現在のふるまいを批判することを分ける。天安門事件について口にできないなんておかしい。同時に、南京事件は事実であり、日本国はその戦争犯罪の責任を有する。当たり前のようだが、このふたつのことが、政治的左右によって分裂し、ふたつを同時に言うことが稀であるのはなんだろう。これは、ぼくたちの体質、政治的体質のようなものがもたらした不幸な限界か。
黒澤大介さんの人柄に包摂されつつ、イベントは長丁場だったが表現は多様だった。いわゆる、「ダイバーシティ」ではなく、個性があった。
ライジングマツさんの歌はローカルなテーマ、ジャーナリスティックな目線あり、共感した。
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自分の表現がもっとビビッドに、立っていってほしい。歌が、「歌うこと」によって回路ができる。たとえば「原発」と歌い出せば、その場に「原発」という言葉、「原発」と口に出すことが銘される。「原発」には政治的価値判断がくっついてくる。ミュージシャンが「原発」と口にすれば自動的に「原発反対」の意図を受け取られる。しかし、そうではないということが重要だ。
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自国の加害責任を意識することができるのは、ナショナル・アイデンティティを有するからだ。高橋加藤論争において、高橋の言い分もわかる。いや、考え直せば、他国の「日本軍による被害者」と出会うことによって、ぼくたちの加害者意識が宿る、ということはある。問題は、けっきょく、その主体の成熟度にかかる。
さて、被害と加害の関係において、ナショナル・アイデンティティがねじれて作用することもあるだろう。
イスラエルと中国に似た部分があるとしたら、その被害者意識ナショナリズムが、かつての加害国の加害者意識ナショナリズムと共働することで、免責される傾向をもつことだ。ガザ問題に声を上げる人が、ウイグル人弾圧問題に声を上げる割合が低いのは、欧米における反ユダヤ言説の取り締まり、イスラエル批判のハードルの高さと似た部分があるのではないか。政治的党派性によって、日本においては、ウイグル人弾圧問題を批判するのは右派ばかりになる。ぼくらは簡単に「イスラエル擁護派」の政治家や言論人、有名人を非難するが、これを「日本における対中国言説」に置き換えたら、簡単に見えたもののややこしさがわかる。反ユダヤ感情がじっさいに存在し、反中国感情もじっさいに存在し、歴史的に過去の暴力も存在するとき、「かつての被害者」を「かつての加害者」がいま批判するような、居心地の悪さを感じるはずだ。
当然、問題を切り分ける必要がある。あまりに単純な善悪二元論で、自分を善の側におこうとする心性において、これは難しくとも。自国の戦争責任、加害責任を意識し続けることと、その国の現在のふるまいを批判することを分ける。天安門事件について口にできないなんておかしい。同時に、南京事件は事実であり、日本国はその戦争犯罪の責任を有する。当たり前のようだが、このふたつのことが、政治的左右によって分裂し、ふたつを同時に言うことが稀であるのはなんだろう。これは、ぼくたちの体質、政治的体質のようなものがもたらした不幸な限界か。
8月1日(金)
書こうとすること
自己から他者へ
ガザの問題
ぼくが殺した と書いた 見殺しにした? ああそれなら 「ぼくが身代わりになりますよ」 と 自分が死ぬつもりで 言い出すことはできないか —— できっこない。それでぼくの思索は終わった
寛容さ
與那覇潤 『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』 : 北村紗衣批判の先輩・與那覇潤の素顔|年間読書人 https://note.com/nenkandokusyojin/n/n9f52631c1d56
- こんばんは。沼田謙二朗です。日記を書きます。
- 日記というか、気づきですかね。明示的に書かないのはいつものことです。具体的に書くと、言えないことが出てくるからです。
- それでも書くのは、「書こうとすること」「言おうとすること」がなにより大事だから、です。このことがないと、アパシーに落ち窪んで自己存在が雲散霧消するでしょう。
- それで、音楽をやっています。このホームページは、ぼくの音楽活動にまつわる個人ホームページですから、そうです。音楽についての情報発信をすればいいはずです。でも、〈音楽〉があまり載っていない。なんだかへんですね。
- 「書く」ということと、つまり「発しようとすること」と、なにかそこにある緊張と、乗り越えようとする障害があります。だから「書こうとすること」「言おうとすること」がなにより大事です。
- 人生とは不可思議なもので、実際問題、成果が上がるということの実質的意味は、成果がまるでないことと比しても、さして変わらないかもしれません。つまり成果なんてあってもなくても、本質的には意味がない。成果がなくとも、葛藤があることによって、時空間がやたらと重くなることがあります。
- 葛藤するというのは、葛藤したいからしてるんじゃなくて、葛藤せざるをえない状況だからするのですが、一周回ってあらためて考えると、「葛藤したいから葛藤してる」ともいえるのです。つまり葛藤の自己目的化です。
自己から他者へ
- まずは自分で自分を発見する。この自分で自分を出産するようなことを、何度も何度も繰り返すことが、創作ということかもしれません。いや、人生とはそういうものなのかもしれません。成熟してあとはそれきり腐るだけ、ということはなく、何度も出産時から少年期、青年期、壮年期と繰り返しながら老いることが、すなわち生きることであるような気がする。というか、そのようにしか生きることができないのではないか。
- 次いで、他者を発見する。これは、自己アイデンティティ/主体性を確保してから他者への関心/社会へのコミットがあるというような順番です。このことを批評家・加藤典洋も強調していたように思います。
- このことを基に考えるとき、たとえば参政党のような政党が毀誉褒貶ありながら存在する。かの党を話題にそれまで政治に関心をもたなかった層が政治の話題を話すようになる。あるいは、「自分たちは日本人なんだ」と自意識/ナショナル・アイデンティティをもつに至る。これは、第一段階としては妥当な展開なのではないか?
- このような評価の仕方は「上から目線」でしょうか? いやいや、ぼくごときが「上から」というのはどだいおかしな話です。せいぜい「横から」たいていは「下から」目線でしょう。
- 参政党がDIY政党として草の根で拡大した、その方法論は、先進的な要素があるとおもう。ぼくは、そこを否定できるとはおもえない。彼らの主張の排外的な部分、民族主義的な部分は、賛同しかねる。だけど、この日本社会を前提にしたとき、彼らの方法論、組織論は現実に即しているとおもうのも事実です。
ガザの問題
- パレスチナが国家承認される流れがきている。ぼくはこの問題に、なかなか(心理的に)コミットできない。こういう書き方自体がそれを表している。ぼくからすると、「ガザ問題」「イスラエル問題」は「選択的なトピック」としてある。無関心になろうとおもえば、いくらでも無関心になれる問題なのだ。
- つまり、ぼくにとって、切実ではない。これは、そのように感じること自体が間違ってるじゃないか? 非倫理的だ。犯罪的だ。そういうことも言われるだろう。しかしだとすると今度は、パレスチナ問題が「自分の政治的正しさの証明のツール」になってしまう。ぼくは実際、そのような見識しかもっていない。
- 構造的差別。とはいえ、ハマスのあの音楽フェスへのテロも肯定できるわけがないとおもう。一部の論者は、というか一部にある空気のもとでは、あのハマスのテロを非難できない風潮になっているように見えた。
- つまり、「空気の中で思考」するのか? ぼくはどこにいる? ここに書くのは、「間違いの記録」でしかない。なにかの過程を残すことで、誰かに読まれるといいなとか以前に、自分自身の葛藤をふくんだ複雑性を、表出可能にしたいのだ。
- それがなければ、非常に、状況に埋没してしまうようにおもうのだ。
ぼくが殺した と書いた 見殺しにした? ああそれなら 「ぼくが身代わりになりますよ」 と 自分が死ぬつもりで 言い出すことはできないか —— できっこない。それでぼくの思索は終わった
- 子どもが殺される。子どもが、テロリストへの憧憬をあらわにする。そんな世界は、間違っている —— しかし問題は、そのように言うことが簡単すぎることなのだ。
- ここでぼくは、文学的で内省的なポーズをとっているにすぎないと言えるか? もちろん、そう言えるだろう。ぼくはポーズをとっているのだ。これは型なのだ。足りないのは型なのだと言いたいんだ。
- このような、メタ的な視点、自己批評のごとき、もはや型通りの陳腐な出来栄えであっても、こうしたことを「書く」ことによってしか、ぼくは自分の主体を担保できないだろう。いや、できない。ぼくはこういう人間だということの、ありのまま。正直さ。なによりそんな等身大の言葉が不足している。多すぎるか少なすぎるか、いやたいてい少なすぎる。短すぎる。断片すぎる。
- それで「ああ、こんな自分なんて、こんなもんだなあ、ああ、めんどくさいなあ、だめだなあ」とおもえたところで、ようやく、対象や他人とつながることができる。そうおもうのです。
寛容さ
- その上でおもうのですが強制送還はよくないことです。これは、死刑がよくないことと同じです。これはぼくの考えであり感じ方です。よくないけど、どうしてもしかたなくやる必要があるから、おこなうのだ —— こういうふうな態度であるべきではないでしょうか。「何人を強制送還した」とかを自慢のようにアピールするのはおかしいとおもうのです。それは、なにか時代の風のようなものに流されすぎです。
- 自民党が参議院選挙中に広報で出した動画の件です。ぼくは上記のような感想をもちました。「風」は参政党が起こしたものですね。もっとも、時代の中に、そうした風が起こる素因が滞在していたわけです。
- 人間には様々な悪感情があります。悪玉菌と善玉菌という、小林篤『See You Again』に出てきた比喩を用いれば、嫉妬も恨みも怒りも必要悪でしょう。嫉妬や恨みや怒りをゼロにすることはできません。それは人間を抹殺するしかない。そんなことはできない。ぼくたちは、この悪感情をもつ醜くも儚く、だからこそ愛おしい人間というものと付き合っていかざるをえない。それは自分自身がそうした不完全な生物だからで、完璧を理想視して現実を否定してもしょうがない。
- 理想と現実……現実を受け入れること。自分の不完全さを受け入れること。そんな思考がとても大事で、なおかつ、現代に足りてないんじゃないかとおもうのです。自分の悪感情……嫉妬……自分の不出来を受け入れる。
- SNSでは元AV女優がウェディングドレスを着て炎上したりしています。そこにあるのは単純な意味では職業差別ですが、根本においては嫉妬心です。むしろぼくとしては、SNSでの人々の言葉を見て、「この人たちは自分への洞察が足りないんじゃないか」とおもえてしまうのです。自分の批評ができていないというか、なにか、自分は正しいことを言っている、という以上に、自分が言っていることは別に悪いことじゃないんだ、と繕いながらしゃべっているように見えます。それで非常に攻撃的になっていたり。二村ヒトシは「心の穴」という概念を提唱しましたが、自分の心の穴を凝視する習慣のないところで、他人の、心の穴を刺激する事案に感情をかき乱され反発をぶつけている状態に見えます。
- それは、よくないことのようにおもうのです。同時に、それを諭す側の言葉も、要は「てめえに余裕があるからってだけだろう」というような、通り一遍の一般論になっている。それじゃあ、人の心を動かすことはできない……なんて、じゃあぼくが心を動かせるのかといったら、そんな自信はぜんぜんないのですが。
- まとめます。まずは自分になることです。自分の限界と出会い、自分の感情を知り、自分の矛盾や葛藤のなかに飛び込む。そこから思考する。それでやっと主体ができる。その上で、外の世界にコミットする。これだけです。こんなことだけ、いままでぼくがやろうとしてきたことです。あらためて今日これを書くのは、そんな自分の方法論が、徐々に失われ、なあなあになって、自分で自分がわからなくなってきつつあったからです。ぼくは自分を回復したい。主体を取り戻したい。強くそうおもう。空洞を抱えたまま、外の世界にコミットしても、なにもタッチできない感じがするのです。だから、今日はこれを書きました。各必要があったし、また、それだけでなく、読まれる必要もあると信じます。
與那覇潤 『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』 : 北村紗衣批判の先輩・與那覇潤の素顔|年間読書人 https://note.com/nenkandokusyojin/n/n9f52631c1d56
- このnoteを参照します。加藤典洋と高橋哲哉の有名な論争が取り上げられています。おもうに、「免責されてから引責する」心理のメカニズムを尊重する必要があります。中動態論でもいいです。これは危険で反発を買う論理です。いまのイスラエルも、戦前の日本に関しても、あるいはロシアに関しても、頭ごなしに否定するだけでは相手を変えられないということです。「まず自分があって他者と出会うことができる」とはそういう意味です。ぼくは加藤対高橋なら、加藤の側にシンパシーを覚えます。ぼくはそういうやつです。高橋の言い分もわかる。けど、それは手前にある問題をスキップしてしまう結果に陥ります。これは犯罪者の更生に関しても言えることだとおもいます。「謝罪」というものは、被害者と単に邂逅しても真心からできるものではない。まず、自分がなぜ罪を犯したのか、どんな感情に突き動かされていたのか、それをみとめることなしには、謝罪に到達することも他者に出会うこともできないのです。これは半分以上はぼくの経験以上のことがらですが、ぼくの実感からしてもそうおもいます。
7月31日(木)
ひとり、内省しながらものを書く、考えるというのは難しいことだ。なんか、そう思う。ますますそう思うし、もう「自分の考え」と「他人の考え」の区別もつかなくなってないかしらん? そりゃそうかもしれん。きっとそうだろう。そうにちがいないわけで、AIに相談しながら、自分の意見なんてつくってみてもいいが、それは補助輪つきの擬似思考といえなくもない。
そんなこといったら、元も子もないが。それでも、たとえば「職業に貴賤はない」というとき、それは原則だろうとおもうとき、おもったことを言おうとしても、どうも胸につっかえる。あるいは、人道に反する大きな暴力が起きているとき、それについてふれることも。
どちらも「流れてきた情報」にすぎず、けっきょくは、「自分から情報をとりにいく」姿勢が、というか実践が、大事になってくるよな。
ーーーー
お外に出ると、蟻とか羽衣が、落ち葉やアスファルトがそこにいて、自由というのは保護されないことだとおもう。その感覚のまま、規制されたアルゴリズムの外に、思考もひっぱってみよう。情報と情報は接続され、加速度で膨張していき、ある擬似的な人格をかたちづくる。それが「AI」というやつで、そこではもう人間もAIも違いがなかった。
そうならないように、する? そうならないように、とは、そこから別のところに行くことだった。旅に出ること。外に出ること。これは、現実的に、物理的に移動することである。
意見の次元じゃどうしようもなかった。もう、それ以前の問題として、人間の姿が見えないから、そうした姿に、もう一度出会うために、移動することが必要だとおもった。
それでいうと、まず根底的に、情報の悲劇と、現実そのものを区分けする必要に駆られた。まずぼくは、この目の前の蟻をどうするだろう? そうやって自問するとき、はじめて、一人称の主語が回復する。自分がそうして発見される。
「悪いことをしない」ということは、かなりチャレンジングな課題だとおもうのだ。
そんなこといったら、元も子もないが。それでも、たとえば「職業に貴賤はない」というとき、それは原則だろうとおもうとき、おもったことを言おうとしても、どうも胸につっかえる。あるいは、人道に反する大きな暴力が起きているとき、それについてふれることも。
どちらも「流れてきた情報」にすぎず、けっきょくは、「自分から情報をとりにいく」姿勢が、というか実践が、大事になってくるよな。
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お外に出ると、蟻とか羽衣が、落ち葉やアスファルトがそこにいて、自由というのは保護されないことだとおもう。その感覚のまま、規制されたアルゴリズムの外に、思考もひっぱってみよう。情報と情報は接続され、加速度で膨張していき、ある擬似的な人格をかたちづくる。それが「AI」というやつで、そこではもう人間もAIも違いがなかった。
そうならないように、する? そうならないように、とは、そこから別のところに行くことだった。旅に出ること。外に出ること。これは、現実的に、物理的に移動することである。
意見の次元じゃどうしようもなかった。もう、それ以前の問題として、人間の姿が見えないから、そうした姿に、もう一度出会うために、移動することが必要だとおもった。
それでいうと、まず根底的に、情報の悲劇と、現実そのものを区分けする必要に駆られた。まずぼくは、この目の前の蟻をどうするだろう? そうやって自問するとき、はじめて、一人称の主語が回復する。自分がそうして発見される。
「悪いことをしない」ということは、かなりチャレンジングな課題だとおもうのだ。
7月19日(土)
- 参議院選挙の前日になった。かまびすしい。
- 「お前が差別だ」「俺が差別だ」「そうだ差別だ」「差別はやめろ」「差別はよくない」「いや差別こそが人間だ。俺は人間を表現してるんだ」「そうかい。でも差別をやめろって言うのも人間さ」「ちがうさ。お前を俺を差別してるんだ」「そうだ俺はお前を差別してるさ。だってお前は差別主義者だからな」
- 投票にいくのはいいことか? そのことを考える。政治について考えるなんて、ろくなもんじゃない。
- ろくなもんじゃない? 自治だ。自治はいいだろう。いずれにせよ、政治は必要なんだよ。誰かがやってんだ。裏方、といえどもね。「みんなが政治について考えるのは不幸な時代だ」 そうだったしてもね。
- だから、啓蒙。これだいじ。はは、笑わせる。誰がなんだって? 「選挙に行かなかった人は政治について語る資格ない」だってさ。俺は、そういう発想に反発を覚えてしまうんだね。
- 政治なんてしらねえ。選挙なんてしらねえ。俺には関係ないさ。しるもんか!
- 戦争なんてしらねえ!
- 俺には関係ないさ。ああ、加藤典洋が言った「ノン・モラル」のこと。「俺には関係ない」と言える権利のこと。自由の権利のこと。
- それは、親鸞的な思考なんだ。政治について考えない自由がある。選挙にいかない自由がある。
- つまり、ぼくたちの国は、「非国民だ」という言葉を使っていた国なんだ。だから、そういう自由さを意識しないとすぐだめになるんだ。ぼくはそうおもう。
7月10日(木)
- 若者よ! 酒を呑もう!
- しかし、酒を呑むのは悪だった。そうだ。コロナ禍。あんなに「飲み会するな」という言葉が世間に飛び交ったときはない。
- それで、若者は割りを食ったか? その責任は、大人世代にあるか?
■
- 参政党が話題である。その主張はがんぎまった右派のようでもある。反グローバリズムのナショナリストのようでもある。陰謀論者の集まりのようでもあるし、自然派左翼のようでもある。「日本人ファースト」を掲げ、一定の共感を得ている。
- 参政党の影響で、「外国人問題」が一躍参院選の主要論点に躍り出た。このこと自体、いままでになかった時代・社会の急速な変化を感じるところだ。
■
- たくさんのメディア、識者らが参政党批判をしているので、ここではそれにふれない。考えたいのは、コロナ禍のことだ。
- 参政党は「反ワクチン政党」ともいわれるが、コロナ禍における「反自粛」「ノーマスク」政党でもあった。そのことについて、いままで深く考えなかった。
- リベラルのみならず、保守派もこぞって参政党批判を繰り返す。外国人の犯罪率などに関するデータも引き合いに出される。それらの批判や議論は「正しい」と思えるが、ほんの2〜5年前のコロナ禍で、ぼくたちはどのような言説や風潮、空気をつくってきたのだろうか?
■
- コロナ禍で犠牲になった「自由」という概念。その権利。あのとき、「自由」の価値は著しく下落した。「リベラル」はそのとき、存在したのだろうか? 公衆衛生の強迫観念が肥大化するなか、自由の価値を擁護しようとする勢力は微小だった。
- 「ロックは政治だ」と参政党がうそぶく。おお、その通りだ!……とはならない。「ロックをなめるな!」と、既存ミュージシャンがつぶやく。しかし、ロックとはなんだったか? ロックは、どこにあったのか?
- 東京五輪のとき、あるいはそれ以前の「水際対策」において、率先して外国人の入国を規制しようとしたのはリベラル政党だった。もちろん、保守政党も同様のことを言っていた。問題は、リベラルであるならば、そのとき自由の価値をどこかで擁護する必要があったことである。そのような「価値へのこだわり」の不在が、今日の厳しい政治状況をつくりだす遠因になってないか。ぼくが言いたいのはそのことだ。
- 東京五輪で「話の長いバッハ会長とちがって、天皇のあいさつはなんと短くて見事か!」と喝采をあげていたのもリベラルだった。おかしいと思う。保守が言うならわかる。でもリベラルが言うセリフじゃない。そう思った。
■
- 問題はなんだ? ひとつ、若者の世代への影響を考えたい。自分たち世代が享受した「自由」の幅を、コロナ禍の若者世代は狭まった「自由」しか許されなかった。その意味はなんだ? このことを、忘却しないべきだと思う。
((あのときは、こわかったね ダイヤモンドプリンセス号 飲み会けしからん! ツイッターで 仲間が飲んでる写真をみつけて 怒りをたぎらせた 公園で遊ぶ子ども 「いまは家にいなきゃだね」 いいひと いいこと いいふるまい 自粛警察? 医療従事者への慮り なにがほんとか? なにがうそか))
- 「陰謀論」という言葉も、コロナ禍を境に流行したというか、一気に一般的に使われるようになっていった感がある。
- コロナ禍を境に変わったこと、気分の変化ふくめ、たくさんあるが、それは非数値的なものなので、データにならない。
- 2019年までの世界と、2020年からの世界は、質的に変わったのでないか。なにかのたがが外れ、一気に不安定化した。その流れのなかでBLMもあり、ウクライナ戦争も起こった。コロナ後に、またトランプが大統領になった。
- 日本では、コロナ禍のみならず、統一教会の問題もあった。「リベラル」の旧来の立場とは異なる言説が跋扈した。信じる自由は、またも墜落した。
- ある種の「安心」のようなものがマジカルスポットになって、みなが価値観の雪崩を投げ込む空隙として機能する。その果てにきたのが、外国人問題のように映る。NIMBYの問題もそこに連なる。ケガレの土着思想が、それ自体が問題として対象化されないかぎり、こうした問題は乗り越えられない。つねに、古い観念が新しい装いで復活してくる。人間が人間であるかぎり、それを止めることはできない。
- やるべきこと? 考えることだ。いまや、誰も考えなくなってしまった。「考えること」はAIに外注され、人間がやることは、単に出力された解答を勉強することになった。考えること。自分の頭を使うこと。そんな方法を主張すると今度は「自分の頭で考えることは陰謀論の温床だ!」と非難される時代になってしまったのだが。
6月18日(水)
- 言葉を取り戻すというのは、生存戦略として、もっとも基本的な要素だ。言葉が流通しない。戦争が起こる。スポーツが盛り上がる。行動やプレイ、あるい発言レベルでのパフォーマンスが、喝采され、そこで人は内的言語を単純化させる。だから、そこで、言葉は流通しない。そこでの言葉とは? 文学だったし、それは内面の言葉だった。古い価値観をいいたいのか? 近代的自我とか? そりゃそうで、自意識が相互交通できないなら、言葉が痩せていくのはしかたないことだった。
- 加藤智大についてのシラス綿野恵太放送。そこで加藤の「言葉ではなく行動でわからせる」態度への疑問が呈されていた。しかし、あえていえば僕には加藤の気持ちがわかる気がした。言葉は、流通しない。その非流通の言語圏で、行動だけが手形になるのは致し方ない成り行きだった。
- 言葉、というのは、そこで、内面を論理化させた言語のことだった。それは現代詩ではない。散文的な、コミュニケーション機能をもった言葉だ。しかし、そんなものが形成されて安定的に運用されない世界で、動物たちは、じゃれ合いの喧嘩をスキンシップと見立ててやりあうほかない。
- 人が自殺するのはなぜか。さきの小林篤『see you again』でも、その沈黙の論理を探り当てる長い旅が記されていたが。著者の努力と執念に頭が下がった。
- 子どもの自殺は過去最高の件数に。これは、社会全体のなにかの病をあらわしている。「昔も変わらないさ〜」などというのはおためごかしでしかない。なにかがおかしいとして、そのなにかとはなにか? 僕は言葉の復興を急いだ。それで、僕自身が、言葉の貧困にあえいだ。僕自身が、飢餓状態なのだ。言葉はやってこないばかりか、他者に聞こえる言葉がない。言葉を、安定的にもつ、というような状態は、僕にとって特別な、特権のようなものとなった。僕は、言葉を失効させて、そこにおいて、身体的な変化にとらえられる。前向きには歩行できなくなる。体温は狂い、消化機能が低下する。それで、再度、言葉の再獲得に動いたら?
- それは、生存法であり、蘇生術に近い。言葉が安定的にやりとりされる関係の相対性から、迫害されたか疎外されたか、とにかく自己と自己の関係性のほうを先に構築し、ひるがえって社会へ馳せ参じる手筈が整えられてはじめて、歩行が再開できるはずだ。矛盾しあう、もろもろの因数を葬り去るほどの、それで歩行のほうにエネルギーを集約し、周囲の理解を期待するのではなく、むしろ反応を無視しながらただ歩行するようなありかたが、ここで再発明されねばならぬ。ぬか喜びだけが、褒美として返却された。それですんだのは過去の時間だけだった。
6月13日(金)
小林篤『see you again』を読んだ。いじめ自殺に関する30年越しの取材の本だ。その本についての感想やメモを書く。ネタバレもあるので白文字で書く。
- 伸人くんはなぜ自殺した? 本のなかで弟・寛人がほぼふれられていない、聞き取りもなされていないのはなぜか。伸人の自殺と関係あるのだろうか。
- いじめ事件後の生徒や教員たちのその後の生き方は、戦争体験者のそれと似ている。sur-viveすること。
- 社会の歪みが子どもに投影されていく。子どもが敏感にそれを感じ取り表現する。戦争中の敵国への憎悪がつのり、子どもが、たとえば「ロシアを殺せ!」と叫んでしまうこと。
- 原発立地にまつわる対立でもそれを感じた。子どもに大人たちの対立や分断が反映されていってしまう。子どもが「あの家とはつきあわない」とか「あのお店には買いに行かない」とかやりはじめること。
- 加害者もまた生きること。sur-vive。
- 中井久夫の「孤立化、無力化、透明化」の論理はわかりやすい。相互性の喪失がいじめになる。
- 子どもは権力をほしがるもの。
- 酒鬼薔薇聖斗のいう「透明な存在であるボクを造り出した義務教育」とは。
- 仮説実験授業はおもしろい。提唱者の板倉聖宣の言葉もよかった。
- 主体性。それが「孤立化、無力化、透明化」を防ぐ。またはそこから回復させる。
- 本には出てこないがEフロムの「愛するということ」にある「能動性」もこれに近い。
- 子どもの主体性を育てる、あるいは守るには?
■
- 90年代にはこうだった。では現在は?
■
- この本の「正確さへの執着」にうたれる。
- いじめ問題、子どもの感性の正確さ
- 「世界は子どもたちが変えてくれる」
- もっとも重要な意見として、「いじめは必要悪だ」というもの。腸内細菌のたとえ。善玉菌、悪玉菌、日和見菌。
- 清人くんと蟹江くんの「友情」。空と君とのあいだに。ポプラの枝は冷たい雨をふせぐ。
- 清人くんは蟹江くんの痛み、心の揺れを感じ、蟹江くんに寄り添う意図で彼のいじめを受け入れたのではないか。それは、どのような関係だったのか。コインの裏表のように。
- 霧子の父母の葛藤を清人は「金をわたす」ことによって破壊しようとしたか。母の無意識が子につたわること。
6月8日(日)
明日の歌の千羽鶴に向けて、簡単なビラを作成する。以下その下書きメモだ。
2023年11月
はじめて能登に行ったのは2023年の11月。「奥能登国際芸術祭2023」を観に向かった。奥能登方面は電車が通っておらず、開催地の珠洲市に向かうにはレンタカーかバスしか手段がなかった。まずそのことにカルチャーショックを受けてしまった。自分の地元千葉は、南房総まで電車がある……おお、それは「首都圏」という条件ゆえなのだ。こんな当たり前のことにいまさら気づいている自分も恥ずかしいが。
芸術祭は、奥能登の文化や歴史をモチーフにした作品が多く興味深い内容だったが、地元スタッフたち(そのうちの多くは年配の方々)の、なんというか「熱量」の控えめさを感じたのも事実。それより以前に見た「あいちトリエンナーレ2019」は運営スタッフの熱意が伝わってきて活気があった。能登では、地元のみなさんも遠慮がちというか、自信がないというか、ちょっと恥ずかしがってるようにも見えた。
珠洲市飯田町の「泊まれるお寺・乗光寺」に宿泊。夜中、お腹がすいたのでなにか食べようかとあたりを散策するが、どこもやっていない。そもそも飲食店自体がとても少ない。しかたなく唯一営業していると思われたスナックに飛び込んでみた。人生初スナック。どきどきしながら扉を開けると、おばあさんが一人、カウンター席でクロスワードパズルをやっていた。まったくこちらに気づかない。「あの、すみません!」近づいて声をかけると「わあ! なんだ、いたのね」と照れながら気づいてくれた。
このスナックで芸術祭の評判も聞けた。ママ曰く「地元の若者は興味ないわ」「わたしらにしてみたら昔の文化なんてみんな知ってるもの。そんなの見せられてもつまらない」と辛口。
さらに、芸術祭の開催前の5月と、その前年2022年の6月に地震があったことを教えてくれた。店のお酒も倒れて多くが割れてしまったそうだ。つぶれてしまった家屋もある。「アートなんてやるより復興に金を使えってんだ」と、地元のスナックのママらしい意見に、単に観光客としてやってきた自分は「そうですよね……」と返す言葉もなかった。
■
2024年元日。能登半島地震が発生。ほんの二ヶ月前に歩いた町がめちゃくちゃになっている光景にショックを受ける。その後、県知事の要請もあり、渋滞を理由としたボランティア自粛の流れに。国会議員やジャーナリストも含め迷惑ボランティア論争がSNS上を覆う。
現場がどうなっているかは、行ってみなければわからない。だが「行くこと」そのものが「渋滞を引き起こし緊急車両の遅延原因になる」と言われれば待機するほかない。その理屈まではわかる。だがそうした理由を越えて、SNSでは「そもそもボランティアは迷惑で売名じゃないか」と言わんばかりの空気が流れた。ボランティアにも序列がつき、熟練者と素人でクラス分けがあるかのように扱われた。それは「戦場の論理」に近い。実際、自衛隊も出動している通り、それは有事であり緊急事態なのだ。
いま振り返れば、このときのネット世論の論理は「素人は戦場にくるな」であった。知事ですら現場に入っていなかったし、それが正しいことである(指揮官が前線に行くのは論外だ)と主張されていた。
問題は、その後の結果がどうなったかだ。ボランティア控えが尾を引いた面はあると思う。素人だろうがなんだろうが、とにかく能登に行けば、その後も関心が持続する面がある。発災当初に外部から人が入らなかった影響は多方面にあるだろう。2025年6月現在、能登震災報道は下火傾向にあるが、メディアの報道が減っても市民間でつながりがあればなにかしらの動きは持続するはずだ。当初の知事発言は、そうした活発さに対するブレーキの役目をしてしまったのではないか。もちろんこれは、もう一度タイムマシンに乗って繰り返さないかぎりは実証できない。渋滞がさらに激化して救えなくなる命が出る可能性もあった。ただ本当に正しかったのかと問うことは必要だ。僕としては、渋滞を招かないように配慮を求めるにしても、ボランティアそのものの意義を否定しない言い回しがあったはずだと考える。思い出すのは、ドイツのメルケルがコロナ禍で移動の自粛を求めた際の言い回しだ。
それ以上に、僕がじりじりした思いを抱いたのは、被災地とその外、当事者と非当事者のあいだにあるはずだった通路がなくなったことだった。
3・11のあとには、たくさんの「表現」がその喪失を埋め合わせるように産まれた。3・11のあとに詩や映画や漫画や文学やアートがあった。能登震災のあとに、そうしたリアクションはほぼ見られなかった。それを感じるのは、なにより自分が直前に能登を訪れていたからにほかならない。もし一度も能登に行っていないままだったら、おそらく僕もなにかやろうとは思わなかったんじゃないか。でも、僕は、能登に行っていた。だから「傷ついた」。そして、その傷を埋め合わせるために、出来事にたいしてなにか反応するために、動かなくちゃいけなくなったのだ。
これは〈私〉の理由である。私的なストーリーにすぎない。〈公〉の復興に直接関係ある話でもない。だけど、僕という個人にとって、こうした背景があること、そしてそうした背景もふくめて他者にわかるように見せること。そんな方法が大切で必要なんだと思う。その上で、その〈私〉と〈公〉がどうつながるのか、そのことを考え、実践したい。
■
2024年5月。GW休みを利用し能登再訪。芸術祭で訪れた珠洲市だけでなく、中心地一帯が焼けてしまった輪島も訪れる。人も少なく静かな被災地に寂寥とした思い。
半年ぶりに走る「のと里山海道」。芸術祭に向かう際は、日本海の景色に神々しさを覚え感動があった。震災後、同じ道を走るときには、「本当に行っていいのだろうか」とびくびくする気持ちがあった。発災当初の緊急フェーズは過ぎていたはずだが、いまだ気軽に行っていい場所という空気ではなく、「行っていいのか悪いのか」それそのものがグレーの雰囲気にあった。
焼けてしまった輪島の朝市の光景は衝撃的だった。同時に、不思議な感慨もあった。そこは「焼け野原」だと思った。空襲のあとの光景と同じだと思った。原爆のあとの光景かもしれないとも思った。
それらすべては「不謹慎」な連想だ。それは当事者を傷つける。だから、そんなことを思ったとしても言っちゃいけない。そう思った。
でも、なんでなんだろう? なぜそんなふうなことを反射的に思うのだろう? iPhoneのカメラで撮影する。被災地を撮る。そこで亡くなった人がいる土地で、スマホのカメラで写真や動画を撮る。それは「獲る」であるし「盗る」でもあるのかもしれない。よそから来て、なんの縁もゆかりもないのに、そこを撮る権利があるのだろうか?
加害意識にとらわれる。同時にそれはSNSで炎上するパターンを学習した防衛反応でもある。同時に、伝えるためには撮影しなきゃはじまらない、とも思う。自分は、能登に来た。ほかの知人は行っていない。自分が見たことを記録し、帰って伝える役割がある。
永井豪記念館が焼けている。漫画「デビルマン」は、戦前の人間社会のメタファーでもある。
「お前は悪魔にちがいない」と指差しあい、「吊るせ殺せ」と集団でリンチする。人間の集団心理の暴走の描写。戦後の学生運動の帰結への批判もあったかもしれない。
「政治」や「正しさ」がからんだときに、人は徒党を結成し異物を排除する。論争は加熱し、罵詈雑言が飛び交う。そうこうしているうちに、こぼれ落ちる人がある。それはさまざまなマイノリティであり、沈黙する者であり、死者である。
SNSで「誰の言ってることが正しいのか」という論破ゲームが盛り上がる最中に、もっとも忘れ去られるものは、喪の時間だ。被災地・輪島は静かだった。人もほとんどいなかった。けれど不思議な落ち着きを感じもしたのは、そこが「人を弔う空間」になっていたからかもしれない。焼けた建物の傍らに遺物や茶碗、花が供えられている。
僕の地元・千葉は、戦争末期に空襲を受けた。市街の七割は焼け野原になったという。現在の町並みに、その痕跡や傷跡はまったく残っていない。そもそも空襲があった事実自体を知らない人も多い。最近では千葉駅前も再開発され賑わいが戻ってきた。だが、約80年前のそこは焼け野原だった。千人近い人が死んだ。そうした死者たちへの慰霊の習慣をもたぬまま、現在の千葉がある。僕は、輪島の地に立ちながら、固定されていた時間と空間が浮遊する感覚を覚えた。ここは、かつての千葉なんだろう。かつての広島なんだろう。かつての神戸なんだろう。そしてウクライナでもあり、パレスチナでもあるような……。
連想がすぎた。このような思考筆記が、許されることであるかも心もとない。ただ、文学的想像力とはこのようなものだとも思う。だとしたら、そうした「文学」などというものは、それこそ社会から不要だと言われるかもしれない。
……
穴水町にある「能登長寿大仏」を見に行く。立入禁止の看板が立てられていた。震災時に祈ることのできない大仏の意義とは。疑念に満たされる。そのままレンタカーを走らせて志賀原発を通り過ぎる。
「大仏が拝めなくなっていること」は、その必要性への疑念とともに、僕にとって異様な衝撃をもたらした。それは、宗教性の否定のように感じた。上に記した輪島の件もふくめて、宗教性の忘却が今回の震災に通底している違和感の核心だと思えた。
■
年末年始を利用し三度目の能登へ。あらためて「被災地」以前の「観光地」としての能登にふれるため、ほうぼうをまわる。のとじま水族館、真脇遺跡、イカキング、九十九湾、西田幾多郎記念館……。珠洲原発の予定地、志賀原発の話を聞く。
原発への関心。地方と中央。
■
2025年5月。またGW休みで四度目の能登へ。珠洲市飯田町につくられた「スズレコードセンター」の若者たちと接する。はじめて他の「支援者」の立場の人との交流。
国道249号。
輪島のスナック。
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情報空間の混乱が、現場を無視してふくれあがり、滑稽な
はじめて能登に行ったのは2023年の11月。「奥能登国際芸術祭2023」を観に向かった。奥能登方面は電車が通っておらず、開催地の珠洲市に向かうにはレンタカーかバスしか手段がなかった。まずそのことにカルチャーショックを受けてしまった。自分の地元千葉は、南房総まで電車がある……おお、それは「首都圏」という条件ゆえなのだ。こんな当たり前のことにいまさら気づいている自分も恥ずかしいが。
芸術祭は、奥能登の文化や歴史をモチーフにした作品が多く興味深い内容だったが、地元スタッフたち(そのうちの多くは年配の方々)の、なんというか「熱量」の控えめさを感じたのも事実。それより以前に見た「あいちトリエンナーレ2019」は運営スタッフの熱意が伝わってきて活気があった。能登では、地元のみなさんも遠慮がちというか、自信がないというか、ちょっと恥ずかしがってるようにも見えた。
珠洲市飯田町の「泊まれるお寺・乗光寺」に宿泊。夜中、お腹がすいたのでなにか食べようかとあたりを散策するが、どこもやっていない。そもそも飲食店自体がとても少ない。しかたなく唯一営業していると思われたスナックに飛び込んでみた。人生初スナック。どきどきしながら扉を開けると、おばあさんが一人、カウンター席でクロスワードパズルをやっていた。まったくこちらに気づかない。「あの、すみません!」近づいて声をかけると「わあ! なんだ、いたのね」と照れながら気づいてくれた。
このスナックで芸術祭の評判も聞けた。ママ曰く「地元の若者は興味ないわ」「わたしらにしてみたら昔の文化なんてみんな知ってるもの。そんなの見せられてもつまらない」と辛口。
さらに、芸術祭の開催前の5月と、その前年2022年の6月に地震があったことを教えてくれた。店のお酒も倒れて多くが割れてしまったそうだ。つぶれてしまった家屋もある。「アートなんてやるより復興に金を使えってんだ」と、地元のスナックのママらしい意見に、単に観光客としてやってきた自分は「そうですよね……」と返す言葉もなかった。
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2024年元日。能登半島地震が発生。ほんの二ヶ月前に歩いた町がめちゃくちゃになっている光景にショックを受ける。その後、県知事の要請もあり、渋滞を理由としたボランティア自粛の流れに。国会議員やジャーナリストも含め迷惑ボランティア論争がSNS上を覆う。
現場がどうなっているかは、行ってみなければわからない。だが「行くこと」そのものが「渋滞を引き起こし緊急車両の遅延原因になる」と言われれば待機するほかない。その理屈まではわかる。だがそうした理由を越えて、SNSでは「そもそもボランティアは迷惑で売名じゃないか」と言わんばかりの空気が流れた。ボランティアにも序列がつき、熟練者と素人でクラス分けがあるかのように扱われた。それは「戦場の論理」に近い。実際、自衛隊も出動している通り、それは有事であり緊急事態なのだ。
いま振り返れば、このときのネット世論の論理は「素人は戦場にくるな」であった。知事ですら現場に入っていなかったし、それが正しいことである(指揮官が前線に行くのは論外だ)と主張されていた。
問題は、その後の結果がどうなったかだ。ボランティア控えが尾を引いた面はあると思う。素人だろうがなんだろうが、とにかく能登に行けば、その後も関心が持続する面がある。発災当初に外部から人が入らなかった影響は多方面にあるだろう。2025年6月現在、能登震災報道は下火傾向にあるが、メディアの報道が減っても市民間でつながりがあればなにかしらの動きは持続するはずだ。当初の知事発言は、そうした活発さに対するブレーキの役目をしてしまったのではないか。もちろんこれは、もう一度タイムマシンに乗って繰り返さないかぎりは実証できない。渋滞がさらに激化して救えなくなる命が出る可能性もあった。ただ本当に正しかったのかと問うことは必要だ。僕としては、渋滞を招かないように配慮を求めるにしても、ボランティアそのものの意義を否定しない言い回しがあったはずだと考える。思い出すのは、ドイツのメルケルがコロナ禍で移動の自粛を求めた際の言い回しだ。
それ以上に、僕がじりじりした思いを抱いたのは、被災地とその外、当事者と非当事者のあいだにあるはずだった通路がなくなったことだった。
3・11のあとには、たくさんの「表現」がその喪失を埋め合わせるように産まれた。3・11のあとに詩や映画や漫画や文学やアートがあった。能登震災のあとに、そうしたリアクションはほぼ見られなかった。それを感じるのは、なにより自分が直前に能登を訪れていたからにほかならない。もし一度も能登に行っていないままだったら、おそらく僕もなにかやろうとは思わなかったんじゃないか。でも、僕は、能登に行っていた。だから「傷ついた」。そして、その傷を埋め合わせるために、出来事にたいしてなにか反応するために、動かなくちゃいけなくなったのだ。
これは〈私〉の理由である。私的なストーリーにすぎない。〈公〉の復興に直接関係ある話でもない。だけど、僕という個人にとって、こうした背景があること、そしてそうした背景もふくめて他者にわかるように見せること。そんな方法が大切で必要なんだと思う。その上で、その〈私〉と〈公〉がどうつながるのか、そのことを考え、実践したい。
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2024年5月。GW休みを利用し能登再訪。芸術祭で訪れた珠洲市だけでなく、中心地一帯が焼けてしまった輪島も訪れる。人も少なく静かな被災地に寂寥とした思い。
半年ぶりに走る「のと里山海道」。芸術祭に向かう際は、日本海の景色に神々しさを覚え感動があった。震災後、同じ道を走るときには、「本当に行っていいのだろうか」とびくびくする気持ちがあった。発災当初の緊急フェーズは過ぎていたはずだが、いまだ気軽に行っていい場所という空気ではなく、「行っていいのか悪いのか」それそのものがグレーの雰囲気にあった。
焼けてしまった輪島の朝市の光景は衝撃的だった。同時に、不思議な感慨もあった。そこは「焼け野原」だと思った。空襲のあとの光景と同じだと思った。原爆のあとの光景かもしれないとも思った。
それらすべては「不謹慎」な連想だ。それは当事者を傷つける。だから、そんなことを思ったとしても言っちゃいけない。そう思った。
でも、なんでなんだろう? なぜそんなふうなことを反射的に思うのだろう? iPhoneのカメラで撮影する。被災地を撮る。そこで亡くなった人がいる土地で、スマホのカメラで写真や動画を撮る。それは「獲る」であるし「盗る」でもあるのかもしれない。よそから来て、なんの縁もゆかりもないのに、そこを撮る権利があるのだろうか?
加害意識にとらわれる。同時にそれはSNSで炎上するパターンを学習した防衛反応でもある。同時に、伝えるためには撮影しなきゃはじまらない、とも思う。自分は、能登に来た。ほかの知人は行っていない。自分が見たことを記録し、帰って伝える役割がある。
永井豪記念館が焼けている。漫画「デビルマン」は、戦前の人間社会のメタファーでもある。
「お前は悪魔にちがいない」と指差しあい、「吊るせ殺せ」と集団でリンチする。人間の集団心理の暴走の描写。戦後の学生運動の帰結への批判もあったかもしれない。
「政治」や「正しさ」がからんだときに、人は徒党を結成し異物を排除する。論争は加熱し、罵詈雑言が飛び交う。そうこうしているうちに、こぼれ落ちる人がある。それはさまざまなマイノリティであり、沈黙する者であり、死者である。
SNSで「誰の言ってることが正しいのか」という論破ゲームが盛り上がる最中に、もっとも忘れ去られるものは、喪の時間だ。被災地・輪島は静かだった。人もほとんどいなかった。けれど不思議な落ち着きを感じもしたのは、そこが「人を弔う空間」になっていたからかもしれない。焼けた建物の傍らに遺物や茶碗、花が供えられている。
僕の地元・千葉は、戦争末期に空襲を受けた。市街の七割は焼け野原になったという。現在の町並みに、その痕跡や傷跡はまったく残っていない。そもそも空襲があった事実自体を知らない人も多い。最近では千葉駅前も再開発され賑わいが戻ってきた。だが、約80年前のそこは焼け野原だった。千人近い人が死んだ。そうした死者たちへの慰霊の習慣をもたぬまま、現在の千葉がある。僕は、輪島の地に立ちながら、固定されていた時間と空間が浮遊する感覚を覚えた。ここは、かつての千葉なんだろう。かつての広島なんだろう。かつての神戸なんだろう。そしてウクライナでもあり、パレスチナでもあるような……。
連想がすぎた。このような思考筆記が、許されることであるかも心もとない。ただ、文学的想像力とはこのようなものだとも思う。だとしたら、そうした「文学」などというものは、それこそ社会から不要だと言われるかもしれない。
……
穴水町にある「能登長寿大仏」を見に行く。立入禁止の看板が立てられていた。震災時に祈ることのできない大仏の意義とは。疑念に満たされる。そのままレンタカーを走らせて志賀原発を通り過ぎる。
「大仏が拝めなくなっていること」は、その必要性への疑念とともに、僕にとって異様な衝撃をもたらした。それは、宗教性の否定のように感じた。上に記した輪島の件もふくめて、宗教性の忘却が今回の震災に通底している違和感の核心だと思えた。
■
年末年始を利用し三度目の能登へ。あらためて「被災地」以前の「観光地」としての能登にふれるため、ほうぼうをまわる。のとじま水族館、真脇遺跡、イカキング、九十九湾、西田幾多郎記念館……。珠洲原発の予定地、志賀原発の話を聞く。
原発への関心。地方と中央。
■
2025年5月。またGW休みで四度目の能登へ。珠洲市飯田町につくられた「スズレコードセンター」の若者たちと接する。はじめて他の「支援者」の立場の人との交流。
国道249号。
輪島のスナック。
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情報空間の混乱が、現場を無視してふくれあがり、滑稽な
5月31日(土)
能登ノート
■能登に関するイベント「歌の千羽鶴」を毎月第2月曜日に越谷 音楽茶屋ごりごりハウスでおこなっている。能登には計4回おもむいた。イベントではそのときの体験や考えたことをしゃべっている。震災のことももちろんあるが、能登とはそもそもどういう土地なのかを考えることも個人的な趣旨になっている。原発問題には数度ふれている。「原発」が「ふれづらい問題」になっていること自体も考慮の対象である。
能登には原発がある。志賀町にある志賀原発。そして計画白紙になった珠洲原発。珠洲原発は「存在しない」。だから震災でも原発事故を免れた。もし珠洲原発が、地元の反対をはねのけ建設されていたら、そして稼働していたなら、重大な事故につながった可能性は否定できない。こうした話題をもちだすこと自体が「左翼的」というレッテルをはられるが、これは左右のイデオロギーの問題ではなく、ここに考えるべきなにごとかがあると思っている。だからしゃべる。能登の原発についてはあまり報道されておらず、志賀原発のことも計画白紙になった珠洲原発のことも知らないひともおおい。
■それで、この日記スペースを使って試行したい。能登のイベントでなにをすべきか。もう次のイベントで6回目になるのだが、まだまだ試行錯誤だ。そもそもは「能登でイベントやりたい」ということだったわけで、そっちを進めることもやるわけだが、どのような問題意識をもつか。「震災」という入口だけではなく、もっと多様な入口があるはずだ。能登は自然豊かだ。奥能登まで行くと自分のモードが切り替わる。そうしたいわば「観光」的な入口もいいじゃないかと思う。というより、「震災」の入口だけなら、能登とのつながりは、復興の進展、また時間の経過とともに持続性を薄めていく予感がある。これは311のときの経験からそう思うところがある。
たんに「復興支援イベント」におさまりたくない。これは、いいようによっては挑発的な考えかもしれない。その枠におさまれば、それは座りがいい。だが枠におさまっては、本質的な、まだ発見されていない、だがみなの心のなかになるなにかの真実に、到達することはできないと思える。
■「奥能登の風光」と題されたエッセイがある。これは能登出身の哲学者、西谷啓治がのこしたもの。西谷は京都学派と呼ばれるグループに属し、戦中は大日本帝國を思想的に補強する座談会にくわわったりなどした。「奥能登の風光」は能登の自然を讃える内容。
能登の自然賛美が、そのまま日本賛美に転じ、他国への侵略を可能にしたとするなら、そこには批判が必要である。後年の京都学派には梅原猛がいるが、彼が晩年主張した「草木国土悉皆成仏」の思想は、日本の自然の豊かさを軍国主義から切り離し、リベラルな日本思想へ立ち返る内容と思う。
■能登に関するイベント「歌の千羽鶴」を毎月第2月曜日に越谷 音楽茶屋ごりごりハウスでおこなっている。能登には計4回おもむいた。イベントではそのときの体験や考えたことをしゃべっている。震災のことももちろんあるが、能登とはそもそもどういう土地なのかを考えることも個人的な趣旨になっている。原発問題には数度ふれている。「原発」が「ふれづらい問題」になっていること自体も考慮の対象である。
能登には原発がある。志賀町にある志賀原発。そして計画白紙になった珠洲原発。珠洲原発は「存在しない」。だから震災でも原発事故を免れた。もし珠洲原発が、地元の反対をはねのけ建設されていたら、そして稼働していたなら、重大な事故につながった可能性は否定できない。こうした話題をもちだすこと自体が「左翼的」というレッテルをはられるが、これは左右のイデオロギーの問題ではなく、ここに考えるべきなにごとかがあると思っている。だからしゃべる。能登の原発についてはあまり報道されておらず、志賀原発のことも計画白紙になった珠洲原発のことも知らないひともおおい。
■それで、この日記スペースを使って試行したい。能登のイベントでなにをすべきか。もう次のイベントで6回目になるのだが、まだまだ試行錯誤だ。そもそもは「能登でイベントやりたい」ということだったわけで、そっちを進めることもやるわけだが、どのような問題意識をもつか。「震災」という入口だけではなく、もっと多様な入口があるはずだ。能登は自然豊かだ。奥能登まで行くと自分のモードが切り替わる。そうしたいわば「観光」的な入口もいいじゃないかと思う。というより、「震災」の入口だけなら、能登とのつながりは、復興の進展、また時間の経過とともに持続性を薄めていく予感がある。これは311のときの経験からそう思うところがある。
たんに「復興支援イベント」におさまりたくない。これは、いいようによっては挑発的な考えかもしれない。その枠におさまれば、それは座りがいい。だが枠におさまっては、本質的な、まだ発見されていない、だがみなの心のなかになるなにかの真実に、到達することはできないと思える。
■「奥能登の風光」と題されたエッセイがある。これは能登出身の哲学者、西谷啓治がのこしたもの。西谷は京都学派と呼ばれるグループに属し、戦中は大日本帝國を思想的に補強する座談会にくわわったりなどした。「奥能登の風光」は能登の自然を讃える内容。
能登の自然賛美が、そのまま日本賛美に転じ、他国への侵略を可能にしたとするなら、そこには批判が必要である。後年の京都学派には梅原猛がいるが、彼が晩年主張した「草木国土悉皆成仏」の思想は、日本の自然の豊かさを軍国主義から切り離し、リベラルな日本思想へ立ち返る内容と思う。
■日本の逆さ地図というのがある。富山県が作成したもの。これを見ると、日本海をはさんだ大陸との距離感がわかる。能登半島がロシア、北朝鮮、韓国と地理的に測った中央に位置することがわかる。
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■個人的な流れがある。なぜ原発に言及するか。昨年(2024年)に訪れた福島県南相馬の「おれたちの伝承館」。そこで原発事故がおとした影にふれた。同時に、「原発事故」に言及しづらくなった空気の変化。それは風評被害、風評加害をひきおこす。原発事故についてほじくり返すことそれ自体が福島への差別を喚起させる、という論理がたしかにあり、それによって、原発事故の被害者が息をしづらい空気がある。そんなことを「おれたちの伝承館」で感じた。そして、その「空気」に「加担」しているのは、自分をふくめた関東民、首都圏民であることも。
そのことについての反省、気づきがあり、また同じ日に別の場所で「東電が悪い、ともし沼田さんが言うならもう沼田さんとしゃべれないなー」などと談笑中に知人に言われた経験があり、ぼくはなにか〈応答〉をしなくちゃいけない、と思った。それで「沼田謙二朗VS千葉」という自主企画を千葉ANGAでひらいた。
当日は、いまの歌の千羽鶴でやっているのと近いが、パソコンとプロジェクターでスライドショーをみせながらおしゃべりした。自分の曲がどういう背景をもってつくられているのか、その説明にもなったいたと思う。
イベントの趣旨、狙い、自分の伝えたかったことを十全に表現しきれたかというと、そんなにうまくできたとも思わないし、精一杯のなか、どれだけ通じたか心もとなかった。未知の領域で、それはやる方も聞く方もそうだ。
ぼくは、反原発でも原発肯定でもない。それは「中途半端」「日和見主義」と言われればそうかもしれない。イデオロギーを先行させて思想を伝えたいのでもない。ただ、自分の国がすすめた国策、自分も使っていたはずの電気の、そういう意味では自分にも当事者性があるはずの事案について、そこに差別のような構造があるなら、ぼくはそれが不愉快だと思った。なんとかしたい、そうした課題を解決したい、ということだろうか。そんなに優等生にはなれないよ。ぼくは、いたずらをしたいのか? 嫌がらせしたいのか? アートとは、嫌がらせに近いものかもしれない。ときには。
なんで、原発問題はこんなにタブーになったのか。311のあとで、あんなに盛り上がっていた「反原発」の連中はどこにいったのか。そこにはミュージシャンも多くいたはずだ。そいつらはいまどこにいるのか。
繰り返すが、ぼくは「原発をとめろ」と言いたいのではない。「再稼働に反対」と言いたいわけでもない。311のあとで、原発に、とくにミュージシャンが原発に言及するだけで、自動的に「それは左翼がフクシマを利用して風評被害をまきおこすやつだ」と受け取られる鋳型が出来上がってしまった。でも、そこには矛盾がある。罠がある。福島はたしかに復興に向かったし、食品や土地や魚に対する風評被害もいまはもう薄れたと思う。処理水も放出にすすんだ。
けれど、福島第一原発の廃炉はまだまだ完了にはほど遠い。まるで遠い。そして、先に書いたように原発事故によって避難を余儀なくされている人はいまもいるし、自分の家が放射能に汚染されてずっと置いてあったピアノが放射性廃棄物としてゴミにされた人もいる。そうした人々の声や記憶や感情を、むげに「風評被害」だからと封じることは、倫理的にできないだろう。だが、じっさいそれに近い状態になっていないか。なっている、とぼくは感じた。だから、このことを言う。「言うことでなにが変わるか」ということより、言うべきだと思わざるをえないから言う。ぼくは囚われているだろうか? 問題主義になっているだろうか? おお、誰か代わりに言ってくれてたら、俺はこんなに言っていない。誰も言わない。言わなく「なった」んだ。だから俺が言っている。
■除染土の問題(福島県の双葉町と大熊町で引き受けている放射能除染土の中間貯蔵施設。最終処分場は福島県外にするとの約束であるが、引き受ける県が出てこない問題)も、やはり県外で引き受けねばならないだろう。そう考えている。はじめにそう約束したのだから当然そうなのだ。さて、ああ、けっきょく、また政治が主導し、メディアふくめて全体の機運が盛り上がれば、「なんとなく」事態が動いて解決の方向に一気に動くんだろうな、という予想もある。それで、もしそうなれば、それもまた、まったく不愉快だ。民が主導して解決の方向を、草の根で喚起できたら、それでもって国の希望にもなりえるが、中央の官の動きで主導されたらそれは希望ではない。
(翌日追記。とかなんとか書いたけど、まったく事態は膠着し、けっきょく福島県内で最終処分……という最悪シナリオもありうる。それは、やっぱだめだとおもう)
■能登の震災のあと、珠洲にも原発の計画があったんだ、ということを遅く知った。それで、当時の反対運動を知る人からお話を聞いたりもしている。
政治がかった話題だ。どうしてもそうなる。関心を「震災」にとどまるなら、扱うべき話題じゃないのかもしれない。
だが、ぼくは、能登への関心や、「歌の千羽鶴」というイベントの趣旨を、あるいはそのポテンシャルを、「復興支援」に限定したものにしない。というより、歌の千羽鶴は「復興支援」のイベントではないのだと思っている。「復興」という言葉を、疑っていると言ってもいい。ひどいことを言っているように聞こえるかも知れない。だが、「復興」という言葉にくっついている利権もあるし、損得もあるし、「これを機に」もあるし、ひっぱってくる予算もある。「復興」という希望のイメージにのっかって、さまざまな「暗く気まずくなるもの」がひっこめられる現実もある。先に書いた福島の件もそれにあたる。ぼくは、ぼくにとっては、それが不愉快なのだ。それで、だったらば、「復興」というものじゃないのだ、ぼくの立場は、と思っている。
言い換えれば、別の〈復興〉があるのだと。そっちにいけないか。ぼくが能登にたいして歌いはじめた最初のもの。それは、世間の「復興」とは別の、もっと手前の次元の〈復興〉だった。口幅ったく言えばそう言える。
原発も、能登の大仏も、なにかの重大な意味をもっている。それをうまく引き出すことが難しい。けれどその課題を勝手に引き受けてやっている。それをやりたいのだ。それしか、自分にやれることはないだろうし、また、ぼくのような人間がもしなにか役に立つことがありうるのなら、それは「役に立たない」ことの領域のなかにおいてのみ、そうなるだろうと思うから。
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■個人的な流れがある。なぜ原発に言及するか。昨年(2024年)に訪れた福島県南相馬の「おれたちの伝承館」。そこで原発事故がおとした影にふれた。同時に、「原発事故」に言及しづらくなった空気の変化。それは風評被害、風評加害をひきおこす。原発事故についてほじくり返すことそれ自体が福島への差別を喚起させる、という論理がたしかにあり、それによって、原発事故の被害者が息をしづらい空気がある。そんなことを「おれたちの伝承館」で感じた。そして、その「空気」に「加担」しているのは、自分をふくめた関東民、首都圏民であることも。
そのことについての反省、気づきがあり、また同じ日に別の場所で「東電が悪い、ともし沼田さんが言うならもう沼田さんとしゃべれないなー」などと談笑中に知人に言われた経験があり、ぼくはなにか〈応答〉をしなくちゃいけない、と思った。それで「沼田謙二朗VS千葉」という自主企画を千葉ANGAでひらいた。
当日は、いまの歌の千羽鶴でやっているのと近いが、パソコンとプロジェクターでスライドショーをみせながらおしゃべりした。自分の曲がどういう背景をもってつくられているのか、その説明にもなったいたと思う。
イベントの趣旨、狙い、自分の伝えたかったことを十全に表現しきれたかというと、そんなにうまくできたとも思わないし、精一杯のなか、どれだけ通じたか心もとなかった。未知の領域で、それはやる方も聞く方もそうだ。
ぼくは、反原発でも原発肯定でもない。それは「中途半端」「日和見主義」と言われればそうかもしれない。イデオロギーを先行させて思想を伝えたいのでもない。ただ、自分の国がすすめた国策、自分も使っていたはずの電気の、そういう意味では自分にも当事者性があるはずの事案について、そこに差別のような構造があるなら、ぼくはそれが不愉快だと思った。なんとかしたい、そうした課題を解決したい、ということだろうか。そんなに優等生にはなれないよ。ぼくは、いたずらをしたいのか? 嫌がらせしたいのか? アートとは、嫌がらせに近いものかもしれない。ときには。
なんで、原発問題はこんなにタブーになったのか。311のあとで、あんなに盛り上がっていた「反原発」の連中はどこにいったのか。そこにはミュージシャンも多くいたはずだ。そいつらはいまどこにいるのか。
繰り返すが、ぼくは「原発をとめろ」と言いたいのではない。「再稼働に反対」と言いたいわけでもない。311のあとで、原発に、とくにミュージシャンが原発に言及するだけで、自動的に「それは左翼がフクシマを利用して風評被害をまきおこすやつだ」と受け取られる鋳型が出来上がってしまった。でも、そこには矛盾がある。罠がある。福島はたしかに復興に向かったし、食品や土地や魚に対する風評被害もいまはもう薄れたと思う。処理水も放出にすすんだ。
けれど、福島第一原発の廃炉はまだまだ完了にはほど遠い。まるで遠い。そして、先に書いたように原発事故によって避難を余儀なくされている人はいまもいるし、自分の家が放射能に汚染されてずっと置いてあったピアノが放射性廃棄物としてゴミにされた人もいる。そうした人々の声や記憶や感情を、むげに「風評被害」だからと封じることは、倫理的にできないだろう。だが、じっさいそれに近い状態になっていないか。なっている、とぼくは感じた。だから、このことを言う。「言うことでなにが変わるか」ということより、言うべきだと思わざるをえないから言う。ぼくは囚われているだろうか? 問題主義になっているだろうか? おお、誰か代わりに言ってくれてたら、俺はこんなに言っていない。誰も言わない。言わなく「なった」んだ。だから俺が言っている。
■除染土の問題(福島県の双葉町と大熊町で引き受けている放射能除染土の中間貯蔵施設。最終処分場は福島県外にするとの約束であるが、引き受ける県が出てこない問題)も、やはり県外で引き受けねばならないだろう。そう考えている。はじめにそう約束したのだから当然そうなのだ。さて、ああ、けっきょく、また政治が主導し、メディアふくめて全体の機運が盛り上がれば、「なんとなく」事態が動いて解決の方向に一気に動くんだろうな、という予想もある。それで、もしそうなれば、それもまた、まったく不愉快だ。民が主導して解決の方向を、草の根で喚起できたら、それでもって国の希望にもなりえるが、中央の官の動きで主導されたらそれは希望ではない。
(翌日追記。とかなんとか書いたけど、まったく事態は膠着し、けっきょく福島県内で最終処分……という最悪シナリオもありうる。それは、やっぱだめだとおもう)
■能登の震災のあと、珠洲にも原発の計画があったんだ、ということを遅く知った。それで、当時の反対運動を知る人からお話を聞いたりもしている。
政治がかった話題だ。どうしてもそうなる。関心を「震災」にとどまるなら、扱うべき話題じゃないのかもしれない。
だが、ぼくは、能登への関心や、「歌の千羽鶴」というイベントの趣旨を、あるいはそのポテンシャルを、「復興支援」に限定したものにしない。というより、歌の千羽鶴は「復興支援」のイベントではないのだと思っている。「復興」という言葉を、疑っていると言ってもいい。ひどいことを言っているように聞こえるかも知れない。だが、「復興」という言葉にくっついている利権もあるし、損得もあるし、「これを機に」もあるし、ひっぱってくる予算もある。「復興」という希望のイメージにのっかって、さまざまな「暗く気まずくなるもの」がひっこめられる現実もある。先に書いた福島の件もそれにあたる。ぼくは、ぼくにとっては、それが不愉快なのだ。それで、だったらば、「復興」というものじゃないのだ、ぼくの立場は、と思っている。
言い換えれば、別の〈復興〉があるのだと。そっちにいけないか。ぼくが能登にたいして歌いはじめた最初のもの。それは、世間の「復興」とは別の、もっと手前の次元の〈復興〉だった。口幅ったく言えばそう言える。
原発も、能登の大仏も、なにかの重大な意味をもっている。それをうまく引き出すことが難しい。けれどその課題を勝手に引き受けてやっている。それをやりたいのだ。それしか、自分にやれることはないだろうし、また、ぼくのような人間がもしなにか役に立つことがありうるのなら、それは「役に立たない」ことの領域のなかにおいてのみ、そうなるだろうと思うから。
5月30日(金)
- こんにちは。ソロもやってるしバンドもやってる沼田謙二朗です。急にあいさつみたいになってますが意識を外向きに整えて足を揃えてやっていきたい。というか、やっていかなくちゃいけん。整えていこう。とにかく「整えない」でやってきた私の活動人生だったが。
- ぼくが伝えたいことは……うんぬん。と、「曲で言えよ」と返される伝達をここでしたいわけではない。屋上屋を建て付けて、ぼくらは自己言及し根拠づける。それはじっさい「内向きの」「自分向けの」説明であるのかもしれず、なにせ意味をもとめて恐れてるのはこの自分自身だ。無意味を恐れてる……というより、無意味さに空虚を覚える。いやそれもちがって、じっさい空虚なのだ。意味があろうがなかろうが空虚なのは、自分自身に人生が欠落してるからなのだ。
- 心づくしの料理だ。あなたに、わかってもらいたくて。味わってください! それは、おいしいですか? わかりません。けれど精一杯つくらなきゃなりません。いまこの時代に、メッセージなんてないのです。いいやちがいます。いまこの時代だからこそ、真のメッセージに到達する必要があるのです。哲学。それはいい。思想。それもけっこう。ありますか? そういった名前で呼ばれる、おあつらえ向きの大層なものは、生活から遊離したおべんちゃらです。だからおまえはだめなんだ! そうでしょう。けっきょくわたしはだめです。それでも、それでも、やっぱりね。たとえば、よその地域で、困ったゴミがあって、それをこっちに引き取れば、万事解決する……なんて課題があったらば、それに協力していく世論というのは、どうやったら興せますか? そんな問いに、答えを用いたいのです。いいや、それが責務と勝手におもって。わたしは、たまたま、生き残りかもしれません。そういう想像はしませんか? 大地震が起きて、その直後、津波がおそって。わたしは大地のひびにおっこちて、津波にさらわれて、二度までも死にました。そう、たまたま、偶然、そうならなかったのは、わたしが被災地域にいなかっただけです。たまたま、生き残った。命を、与えられた。命がさらわれたひとがいたわけですね。それで、わたしは、その後に、責務として、
5月28日(水)
- 書くということは、自分の内面の言葉の吐き出しのようでいて、その捏造でもある。書いた言葉に自分が引用されて、自分が自分に自己影響される。それだから書くのだ ということが
- それで、「声がないとき」に書く言葉が、言葉だ。文字を書くと、声が遅れてやってくるよすがになるかもしれない。声が遅れる。その核心に、捏造された言葉の根拠地もある。
- 神話の言葉は、国生みだったり婚姻だったり、自由だ。その自由さと、現代の不自由さはどうかけあわせようにも、かみあわないが、言葉である以上 芸術は空隙を生み出す。「生む」ということに神話性がある。
5月26日(月)
4月21日(月)
- ナオミ・クラインの記事が話題だ。そういう理解でひとまず通過してみたらいい。
- いまみたいな、AI終末ファシズムの時代に、「人間なんてどうでもいい」世界に、「人間らしい」空間や時間の質を確保できる場所を守る、それがないならつくることをしたいし、しなくちゃいけないと考える。
- スモールスペースは固有人格を認識する。メジャーアーティストは固有人格を「マス」「大衆」「群衆」「匿名のお客さん」にして、その結果、消費の自由を与える。同時に、包摂せずに疎外する。
- スモールスペースは、ローカルの論理において、匿名性をなくすという面ではデメリットないしコストに見えるが、ここまで人間性をはぎ取られ、むき出しの個人にされる時代では、人を固有のものとして関係しあう場がどうしても重要。
【結論】人に固有性と主体性を与える密度の高いスモールスペースこそいまは重要。
▼加速主義VS人間加速主義
- 古い文学とはいわば「人間加速主義」だった。
- テック加速主義は人間を終わらせる。人間加速主義は、人間がより人間になるために葛藤を付与する。
▼自分のこと
- 能登プロジェクトの文脈もここにつながる。こうした同時代性において、「ふるさと」や「アジール」をつくる試みが人間にとって必要となる。人間とポスト人間はわかたれる。その中間に、20世紀来の消費文化があるが、それよりももっとマイナーなスケールに可能性を見るのが、ぼくの立場になっている。
- ぼくにとって能登プロジェクトは、そこに向かう必然性がある。ただ、誰にとっても共感できる内容にするのは、まだまだ時間がかかるか、あるいはそれは無理だとおもったほうがいいかもしれない。「定住」というキーワードを使えば、「地球に定住する」ということだ。ぼくらは地球にしか住めない。テックジャイアントか、大富豪か、大権力者かは、「火星に移住」できるのかもしれないが。そうして、気候危機下の地球は放置され、もはや「早く破滅しちまえ」と言わんばかりに崩壊は加速され、加虐趣味を刺激させるとして。
- それは「火星がアジールになる」という話でもある。誰にとっての? 選民たちにとっての、だ。ノアの箱舟に乗れるごく少数の人間が来世紀も生きる権利を得て、大多数の民衆は干上がった地球で縮小しつづけるパイをめぐって争いつづけるような世界。それがぼくらの未来だろうか? そのような未来が人類の未来であっていいだろうか?
- このような未来のビジョンは、根底的に不愉快であるのみならず、宿命的に反抗する契機をもたらすものである。しかし反抗するとして、どのように反抗するだろう? どう反抗すれば意味にむすびつくだろう? そもそもなにが反抗と呼ばれるべき行為にあたるのだろうか?
- ぼくは、文学性と宗教性が、人間らしさを支えるものだったとおもった。そして、このふたつを復興させるには、まずできるだけ小さい場からはじめなくてはいけないとかんじた。守りたい人間性が、はっきりと見えないうちから、数の拡大のことだけ無前提に考えては、根本の足元がきえてしまうだろうとおもえた。それは論理というよりも、まず直観として、ぼくのほうを規定していた。
▼アジール
- アジールをつくる。人間にとっての。しかしこれは、AIファシズムとは別の意味で「選民」的であるのかもしれない。アジールに入れるのは、アジールの意味を理解し、アジールを壊さない人間にかぎられるからだ。そこにアジールのジレンマがある。アジールは、だから、ときとして思わぬ攻撃の対象になるし、嫌悪を向けられるときもある。それは近親憎悪をもよおすものでもある。アジールにはメンバーズオンリーの性質があり、だから時代が困難に瀕しても安全が確保されうる。そのことから、また「開くこと」と「閉じること」について考えたい。
4月5日(土)
- 異物の混入、ゴキブリやネズミの死骸の混入が、大騒ぎになる。ここで牛や豚や魚に訊いてみたい。「これはなんなんだ?」 狂気というのは、人間社会の基本的な様態である。豚の虐殺死体をバラ切りにしてパック詰めにして売っていても、人間は誰も騒がない。豚がスーパーに出かけたら発狂するだろうか? もしそうなれば、その豚は「正常」だろうか。おそらく人間は、その豚を「異常」とみなし治療の対象とするだろうが。
3月14日(金)
- 想像する、ということが大事で、想像しなくなってないか? と問うたらば
3月1日(土)
- というわけで、トランプの王国である。
- アメリカは死んだ。
- 「アメリカだったんですよね。おれたち、アメリカの音楽やってきましたわ。ブルースからジャズからロック……アメリカがつくりましたよね。フォークもはいりますね。それで、こういう時代になってきたんでね。どこまで戻りましょうかね。わからねえ……困惑のなかですわ」
- なんとなく疲れているが、ウォッチしている。アメリカは壊れ、デモも危なくてできない状況のようだ。市民が偽名をつかって取材を受けるようになっている。おお、これはおおげさか? そうとはおもわない。どうもいままでにない状況にみえる。いままでにない? ないとおもう。いやおれの知っているかぎりでは。
- アメリカがこうなり、ゼレンスキーとトランプの会談は破裂した。おお、我らがJDバンス様よ! 「ヒルビリー・エレジー」の作者は、そのローカルに根差したルサンチマンを発揮し、西側リベラルの英雄大統領を撃破した。おお、偉大なるアメリカよ!
- これは、どういう物語だろう? いったいおれたちは、どんな道を歩いてるんだ? この道は、いったいどこに通じてる?
- というわけだ。「わけいってもわけいっても青い山」「まっすぐな道でさみしい」うんうん。そうだ。おれたちはさみしいよ。このさみしさを、どうにか解消したいもんだな! え? 相棒よ!
- まったくもって、こんちくしょうだぜ! ええい、いくぜギターヒーロー、ジミ・ヘンドリックス! パープルへイズを奏でるよな? それでいいとおもってる。ラブ&ピースっていうんだからな? まさに、ヒッピーだった。自由の申し子さ。内面の革命で世界平和! まさに、それがおれたちの理想さ!
- 大戦略。そうして、おれたちのロック革命がスタートした。うむ。順調だ。これは宗教チックだったかな? まあいいぜ。説得的に振舞わなくっちゃな。音のでかさだけは負けない? ああ、ロックコンサートも巨大になった!
■
- じっさい、トランプの集会はロックコンサートだ。トランプ・ショーは無敵だ! あの万能感。あふれでる自信。「神に選ばれた大統領」は実質、国王なのだ!
- オーケー、ウクライナ大統領ゼレンスキー。先日は各国駐日大使が「ウクライナ応援ツイート」をしていたが、今日はゼレンスキーが引用リプライで「サンキュー」と応えている! それが、今日のSNSの風景だ。ああ、呼び名が困るね。TwitterなのかXなのか。ツイートなのかポストなのか。そうした呼び名にも政治性があらわれるね! おお、偉大なるスタートアップの神、イーロン・マスクへの忠誠を誓う準備はあるか? オーケー、誓うぜ! おれたちはまっすぐに進む。まっすぐな道だからさみしい。さみしさは、まっすぐ進んでることの証だろ? 心配するなかれ! ことなかれ!
■
- 冷静になれたらいいとおもう。連日のニュースは衝撃的だ。あんまりニュースばっかり見ちゃ悪いよ。たしかにね。でも歴史が動いてるね。なにか興奮してるか? 混乱とともに興奮がある。ここでなにかスイッチをいれる必要がある。ゼレンスキーはたしかになにか(戦略的に)間違えている印象がある。彼はコメディアンで、トランプのほうもテレビタレントだ。二人とも「ショー」をやってきた。ショーを見せる観客は……ぼくたち日本人も座っていた。ゼレンスキーの情報戦、訴えに、ぼくたちは共感した。それはそうだ。ぼくは、プーチンの現状変更の試みは、やっぱりだめだと思う。それに対して「許さない」と言いつづけることはたしかに重要だ。ただ、「許さない」にしてもどうするのか? 停戦は遠のいていた。「正義」が主張されるほとに……
- このパラドックスに対して思考しつづけるフェーズももはや終わってしまった。いやじっさい、「思考」なんてしつづけてなんになったろう。人が死ぬのを止められたか? おい、じっさい、停戦をもたらすのはトランプなんじゃないのか?
- うまく言葉がしぼりだせない。「屈辱だ」。そうだろう。「ウクライナ人として傷ついた」。そうだろうと思う。トランプやJDバンスの物言いに喝采を送るひともいる。「おい、お前、偉そうにするなよ。お前の立場はそんなに強くないぞ! 支援がほしいなら、まずは感謝を示せよな?」 オーケー、こういう話になった。ゼレンスキーは「おべっか」使いはしなかった。それで、これからどうにか進んでいく。どのみち、曲がりくねっていたとしても、道を進む。
- 一市民として、日本人として、どう考えるか。いまをどう感じるか? とにかく書き残しておきたい。
- 是非についてはきびしい。ゼレンスキーの対応は、自滅だったのかもしれない。ぼくの第一印象は「やっちまったな」だった。こうなっては、困るのはウクライナである。ウクライナで暮らすひと、戦う兵士たち。大統領は言葉を示した……だがそれも、「文学」にすぎないのではないか?
- 先日来からのテーマがそれだ。いままでもっていた「政治的正しさ」の次元の言葉は、けっきょく「文学」としてしか通用しなかった。それをまずみとめたい。いや、みとめない! あきらめるな! とはいえ、現実はこうなってるだろう? 現実否認、敗北否認になっちまうぞ。
- 力。権力。さまざまな暴力装置の独占。アメリカ大統領は世界最強の権力をもっている。それは、ほんとうに恐ろしい。その恐ろしさを、いままで気づいていなかったんだ。ああ、それは、おれたちが「西側」だったからか? おお、おれたちがもし、「東側」の人間ならば、もっと「アメリカの恐ろしさ」に危機感をもてていたかもしれないな。
- そんなことも思う。いろんなことを思う。いまのうちに思っとこう。頭がうまく働かなくても、書いておく。
2月26日(水)
- 西側諸国はよくがんばった――トランプのアメリカによる、ウクライナ戦争の大転換により、一気に様相が変わった。
- ばかげている。まったく。だがしかし、世界の現実は、
- これによって、一気にぼくの考え、認識も更新を余儀なくされる。「力に対して力で対抗」した? じっさいは、力に対して言葉で、理念で対抗しようとしたのではないか。それは、敗北の道ではなかったか。
- ちがう。正しさを主張し、国際世論を味方につけ、ヒトラーに対するチャップリンのようにふるまった。ゼレンスキーも、追随する西側諸国も、この日本も。しかし、現実には、武器と金を送り、戦うのはウクライナ人だった。そのあいだ、プーチン・ロシアは、体制を整え、前もって準備した自立性を発揮した。生産スパンはウクライナよりロシアに分があった。応援する西側諸国を足しても。
- この事態は、どう理解すればいいか? おい、ついていけるかよ。どいつもこいつも、なにをいってるか。これからは、ロシアの時代だ。ロシア勝利。いやいや、話が早いよ。停戦もまとまるかわからない。まったく、トランプなんてくそだ。プーチンもくそくらえだ。
- しかしね、ゼレンスキーも終わりだね。なにいってんだ、いまこそまとまらねば。ああ、棄権だ。グローバルサウスは様子見さ。国益に沿って、勝ち組についていく。
- いろいろなことが起きている。大転換が起きている(イーロンマスクもバンスも驚きだ)。事前に予想できたか? なにをいまさら驚いてるんだ。トランプが大統領選に勝利したときから、既定路線だったはずだ……
- ぼくは衝撃を受けている。それをみとめる。たしかに、開戦当初から日本で湧きおこった「ウクライナ応援」の熱には、距離をおいてきた。プーチンが正しいとは思わない、むしろ激しく間違っていると思う。だが、プーチンの話も聞き、落としどころをさぐるべきだ。そういう立場をもちたいと思ってきた。
- ところが、ここまで無残に西側が、NATOががたがたになるとまでは思わなかった。アメリカの影響力ということだろうか。いや、「一致団結」を謳ってきたのだ。そうだ、あの広島サミット。団結するG7の絵面。「わたしたち西側の価値観」は、ビジュアルで主張されてきた。信じたい。そう思えた。なんとなく、ヒーローみたいじゃないか? 頼りたいもんだぜ。正義ってやつに。おお、自由と民主主義。それが正しいよ。そう信じたいと。
- ところがどっこい、なのである。アメリカが寝返った。そういう図式になっている。現時点で、2025年2月26日の時点で、国連決議においてアメリカはロシアと同調しているのだ。アメリカは、もうロシアを非難しない。そういう態度を世界に示している。
- こうなれば、あの「G7の固い結束」などというものは、ぱつんと切れて空中を漂うほかない。みんなその糸のほつれをつまんで、一生懸命に、縮小した、以前より小さい網をつくりなおすか。「トランプなんてくそだ」と言ったところで、トランプは正式なアメリカ大統領だ。次の選挙でまた民主党に戻る? そうしてまた方針転換する? そんなころころ変わるアメリカを、世界はもう信用しないだろう。
- なんだったんだ? おれたちの敗因は? おい、そんな分析よしてくれよ。なぜって、まだ負けていねえよ。冗談じゃねえよ。お前は親露派だ。
- 罵ったところで、現実認識が正しいかどうかは歴史の推移によってあきらかになる。これ以上戦闘をつづけても、勝ち目はない。ない、と言っていいだろう。なぜそんなことが言える? ほんとうに悲しいけれど、そう見える。もちろん、じっさいの戦況なんて知らんし、メディアを介した情報を得るだけさ。でも、膠着状態にあるという戦況が、アメリカがこうなったいま、好転できるという期待はまるでもてない。
- 知らず知らずのうちに、おれも、ウクライナに肩入れしていた。ああ、一人称が「おれ」になっているな。しょうがない。なんだろうか。「感情」が問題になるだろう。日本にいる「ウクライナ応援団」よ、あんたらの「感情処理」が今後の停戦協議の邪魔になるんだよ。あん? なんだと? ち、めんどくさいことになっていく。
- おれたちは、安全圏で、「正しい」とされる、そう見える側に肩入れしただけだった。それで、金と物資を送ったさ。それ以外に、なにをした? おお、それこそ、「千羽鶴」を送ったさ。ははは。その千羽鶴に聞くといい。「これからどうしたらいい?」って。
- おれがいまなにを感じているかと言えば、「もっと早くに停戦できなかったのか」ということだ。もちろん、そもそも、こんな戦争起こらないほうがよかった。日本の言論空間で、世論や空気で、あるいは国際世論で、「停戦」の機運を、盛り上げるとまではいかないまでも、疎外しないようにはできなかったか。この戦争は、「SNS戦争」とも呼ばれた。ゼレンスキーは、チャップリンのような言葉の力で、各国から支援をとりつけた。それを見るおれたちには、ヒロイズムが漂ったんだ。ここに根付いた感情の存在を、無視してはならない。おれたちには、情緒的な感情があった。「感情以外」のことは、どこまであった?
- 文学で戦争は勝てない。いや、文学とは、ほんらい、戦争を起こさないためのものじゃないのか? おれたちは、たいせつなものを置き忘れていたんじゃないか?
- ハイブリッド戦争とは、「文学と軍事の二層構造で戦う戦争」のことだったのだろうか。おれたちは、文学の戦争を戦っていたのだろうか。それで、現実の戦争に負ける。現実の戦争を遂行しているプーチンに屈する。そういうことが、起こっているのだろうか。
- 文学の力を、過信した。ポリコレというのは文学のことだったろうか? 文学の力を、軍事の力ととりちがえた。そこに、おれたちの敗因があったか? ああ、軍事は軍事であり、きれいな言葉がいくら並んでも、武器の代わりにはならない。戦場の勝利に結びつかない。言葉は兵站にならない。
- G7の言葉の力が、文学の力が、自由と民主主義の理念が、たんなる「お題目」として戦場の論理で否定される。この現実を、そういうものとして見たら罰当たりだろうか。
- もうひとつ。おれたちは、ロシアを差別していた。三等国だと見下していた。特にヨーロッパではそうだと思う。舐めていた。GDPにおいて格下の、そのうち破綻するだろう国家だと。経済制裁すればもたないだろうと。しかしその間、ロシアは自前の力を蓄えていたのだ。むしろ危機に陥っているのは、われわれだった。
- さまざまな自給率において劣るのは、われわれのほうだった。そのへんを考えなきゃいけない。もう手遅れだ? ああ、その通りのように思える。これは、別の自分が関わる領域ともつながる話だ。都市と地方の関係を想起させる。都市は、地方を見下している。しかし現実は、ローカルによってつくられるのだ。
- このへんでやめておこうか。この文章は。なんにせよ、話し合いというのは素朴に重要だ。おれたちはグテーレスでさえ非難していた。やれ、「ゼレンスキーと会う前にプーチンと会うのはおかしい」だの。現実認識がずれていたんじゃないのか。
- 『対峙』という映画がある。修復的司法というものがある。文学に力があるとするならば、それは和解のプロセスにおいてこそ役立つはずだ。おれはそう思う。相互の理解。異なる立場におかれた、壁の向こうの、相互の存在。この世界の複数性。ロシアを「理解不能」、プーチンを「狂人」と見なしたところから、おれたちの知的な思考停止、のみならず文学的サボタージュがはじまっていた。そうではない。文学者が、この時代にやるべきことがあるとすれば、それは友と敵の二項対立の関係に凝り固まった世界に、別の風穴をあけ、世界に対して別の可能性を示すことじゃないか。そういう発想は、どこにあっただろうか。心もとないかぎりだ。
- おれは、だからこそ、もしG7が理念の力を誇示したいなら、力に対して力で応戦するのとは別の戦略を用いるべきだったと思う。それがいまのところの、おれの結論だ。「負け戦」という言葉がある。戦を戦えば、力くらべになる。そのとき、かけがえのない人の命が失われる。二度と修復しない怪我もする。二度と元通りにならない街も。「いまさら後出しだ」という向きもあるだろう。しかしいま考えたい。その責任がある。
■
- さらにこの戦争で思ったこと、それは日本の平和主義の言説の終焉だ。浅田彰が「プーチンなんかに殺されるな、逃げろ」と述べ、SNSで非難を集めた。彼は、もし自分がウクライナにおいて学生をもつ教師だったとしたら、そう言う、と述べた。が、そうした態度、発言は、2022年当時の日本において、支持を集めなかった。
- いや、もしかしたら、浅田の発言に共感する人々は大勢いたのかもしれない。しかし、その支持を、表明できるような空気ではなかった。戦争が起きれば、空気が支配する。開戦直後の「朝まで生テレビ」では、6割の視聴者が「もし日本が他国から攻められたら武器をとる」と回答した。そういう空気であったこと。
- 国際政治学者が用いる論理が一般的になった。もし、この侵攻をゆるしてしまえば、明日のウクライナは日本になる……停戦は降伏であり、国際秩序は崩壊する。「それは、ウクライナが決めることです」と、枕詞に置きながら、それ以上の現実を考えない態度が普及した。
- いや、もちろん、浅田彰が学生に「逃げろ」と言ったところで、18才から60才の男性は国外に出ることを許されなかった。逃げるといっても、どこに逃げるんだろうね? ああ、隠れるしかないね。それが、現実だった。そういう現実があったはずだ。
- 現実? はは、キーウには日常があるよ。たまに空襲警報が鳴っても、みんなめんどくさそうにしてるだけさ……戦時の平和はあるだろう。戦時下にも慣れるだろう。それもまた現実だ。おれは、そういう「現実」を、遠くから眺めるしかなかった。「現実」らしきものは、断片的な情報として再編され、こちらの手元にお届けされる。そう、それもまた商品だ。「戦時下の現実」は、商品となり流通する。せめて、それをゲットする。現実に、ふれたいと願えば。
- キーウ、という呼び名も、以前はキエフだった。チェルノブイリは不思議と、チョルノービリに統一されてないが。
- ドキュメンタリーはいくつか見たな。わりと。NHKオンデマンドをよく使う。ウクライナの情報局のやつは強烈だったな……戦争で人が変わること。二作あって、二作目では人の顔つきも変わっている。キーウの子どもたちのやつは、希望があったな……学校では、必ずしも「ロシアは悪」と教えるのではなく、「戦争はいつか終わる。終わったあとにどうするか」を考えようとしていた。息子に「おれはお前に戦争を見せないために戦っている」と述べる父の姿は、泣かされた。ああ、それを見るおれは消費者にすぎないだろう。情報には二義性がある。戦争が起こり、ドキュメンタリーがつくられ、それを見て楽しむ日本人がいるということの、そこに漂う不道徳性。そういったものを勘定にいれなければ、そもそも文学なんて成り立たないのだ。
- おれたちの国は明確に、西側だった。ロシアは悪だった。その視点は、しかし、どこまで普遍性があったか。もちろん、侵攻は悪だった。しかし、それ以前の、プーチンが理由とする言い草に関して、どこまで考察できただろうか。これは意味不明の、突発的な侵攻であっただろうか。ちがう。計画的だった。おれたちは負けた。相手を狂人と見下し、正義の言葉を繰り広げることに終始し、出口戦略も用意できなかったのだ。
- いや、出口なんて、ほんとうに、用意するつもりがあったのだろうか? そこに、各国の思惑や利害関係が想起される。陰謀論めいた言説がくっついてくる。ロシアの弱体化は、たしかに狙いがあったろうと思う。そんなことに色目を使っているあいだに、じっさいに起こることは、人間の死だったとしても。
- おれたちは、信じすぎただろうか? 西側の価値観というやつを。アメリカの言い分を。アメリカ、なんて国を、どうして信じられるだろうか。いや、「信じたい」のだ。考えたくない。アメリカぬきの世界なんて、立ち向かいたくないよ。勘弁してよ。守ってくれよ。いままで通りに。アメリカさん、なんとか、見捨てないでくれ!
- そのような「感情」が、もうやってきている。おれたちは、安全保障を、してもらいたいね。アメリカに。世界最強、ってことなんだからな。どうも最近怪しくなってきたが、最強のようだ。最強のやつについていけば安泰だ。そうにちがいない。アメリカと喧嘩はできないね。おっかねえ。前の戦争じゃこてんぱんだったよ。原爆だって落とされたんだぜ? 二度とごめんだよ。それが願いさ。そう、戦死者の願い。「アメリカと戦争しちゃいけないよ」ってこと。だから、アメリカと敵対しないできたでしょ? 約束通りだ。二度と戦争しません、ってわけだ。憲法にも書いたしな。その通りやってきました。文句はねえよな?
- アメリカとは戦争しない。それで、アメリカ以外とは? なんとなくこそこそ、後方支援とかはしますよ。そういうもんですよ。目立たないようにね。ああ、ウクライナにも、殺傷能力のある武器は送ってないですよ。それが平和国家日本の限度ですからね。だめですよ、核武装なんてね。とにかく平和外交。それがいちばん。
- とにかく、ロシアだの中国だの北朝鮮だのいるけど、アメリカに守ってもらえれば、最終的には生き残れる。おれたちはそう信じてきたのよ。ね。ところがどうだい。このアメリカは? どこいっちゃうの? おいおい、ロシアとくっつくの? 日本のこと、守ってくれるつもりあるの? おいおいおい、どうなっちゃうのこれから?
- こういう混乱が、もう起きているが、必死に隠して顔に出ないようにしているのである。日本を、主権国家だと見なしていない。プーチンは。アメリカの属国だと思っている。中国のほうが、まだ、日本を脅威だと思ってるぶん、大きく評価してくれているとさえいえる。そうだ、おれたちは、こわい民族だ。おそろしいぞ。情け容赦しねえ。残酷だ。ひでえ目にあわせたぜ。虐殺もレイプも。そうだよ、人体実験もしたしな。強かったんだよおれたち。ああ。アジア最強だ。あんまり記憶もぼんやりしているが、どうもいろいろやったようだ。うん。中国の人らは覚えてるの? さすが、被害者は忘れないもんだね。まあ、やったほうは忘れがちだよね。暴力ってほんと理不尽さ。そのときどきの政治的力学でも変わってくるよね。最近韓国はあんまり言ってこないでしょう。政権が変わったからね。そんなもんかね。国益、ってのはわからんね。
- おれたちは、おれたち自身の歴史をさえ、まともに理解できていないのではなかろうか? そう思う。「ロシアが理解できない」なんてのは、当然のことだ。自分のことさえ理解できないのだから。そもそもの、理解しようという気持ちに不足している。「お前らは自分の加害を理解せよ」と叫んでも、じゃあ当のおれたちは、自分の加害を理解しているのだろうか。日本だけじゃない、アメリカは? ひでえもんだ。イラク戦争もベトナム戦争も。アメリカだけが、なんで不問にされてんだ。ロシアはそう思ってるよ。それは一理あるかもしんねえ。ああ、プーチンさん、その通りです。
- こうやって、さまざま思考し、最終的に軍門にくだっていく。強いものに。ああ、弱いもんだ、文学者なんてね。それで次に、亡命を企図する。逃げよう、ってんだ。安全圏で思考しようぜ。いまどきだったら、逃げた先で、YouTubeだ。配信者になって加害国を非難だ。おう、それで勢いつけようぜ。文学はバズの言葉に。それで戦争に、どう抵抗しようか。
■
- 無知と言えば、ロシア以上にウクライナに関して無知だ。おれたちは、戦争が起きてから急にウクライナ通になったようだ。開戦前にウクライナやゼレンスキーがどのような政治をおこなっていたか知っているか? ああ、知らんね。ウクライナ専門家なんて、日本にどれだけいたか? それまでウクライナに関心があったか?
- ユーロマイダンのときに注目を集めた。そのくらいだろうか。岩波『世界』2022年4月臨時増刊には、「ウクライナだけに注目するのではなく、世界には別の紛争がかねてからあるよね。そっちにも注目してくれよ」という国連総会における南アフリカ代表の意見が紹介されている。そうだ、「ヨーロッパの戦争」におれたちは衝撃を受け、興奮もした。
- いまいちど冷静になりたい。内省的になりたいんだ。日本に傍流としてあった「停戦派」の立場が回復され、その意見があらためて注目されはじめている。
- どうも、おれがこの敗北感を表現しようと熱をあげているのは、この戦争と平和の行く末において、「戦後日本の自分」というもの、あるいは「戦後日本の社会」というものが、直接関わっていると思うかららしい。今回の戦争にまつわるあらゆる言辞が、こんにちの日本の時代精神の無意識をかたちづくる。おれは、おれなりにそこに参画する。国際政治の状況認識もたいせつだが、より個人的には、自分たちの精神がどうあるのか、そのほうが重要になる。
- というわけなので、素朴に思うのは、子どもが戦争に巻き込まれるのはよくないね、ということ。したがって、先の浅田彰の意見に賛成なのである。大人なら、そう言うべきだと思った。日本では、かつて、学徒動員というものをやった。千葉においても、戦争にまつわる工場があったために、空襲されて、焼け野原が出現した。学生が従事していた。犠牲になった人がいる。
- 戦争はよくない。それが素朴な意見だ。しかし、時代は好戦的だったか? ロシアのウクライナ侵攻後、世論の反応は、「ロシア許すまじ」だった。それは、たしかに「好戦的」といえば言える。NATO加盟国が増えたこともそうした流れの一環に数えられる。
- 物語の力というものがある。ヒトラーに対するチャップリン、シャア・アズナブルに対するアムロ・レイのように、希望が悪を打ち砕くというストーリー。その物語的正義に則って、ウクライナ支援が正当化された向きはある。ところが、その「物語の規定力」が災いし、方向転換を妨げるときがある。いま現時点(2025年2月26日)で、欧州の駐日大使館が、X(旧Twitter)上にて「ウクライナ支援の正当性」を日本語で訴えているのを確認する。これは、これまでの方向性の継続への意志を意味するだろう。だがしかし、果たしてそれでいいのかは疑問がある。
- 停戦への機運醸成ではなく、むしろ継戦へと促そうとするこれらのメッセージを、どういう気持ちで受け止めるべきか、困惑がある。
■
- ながなが書いた。ここには〝詩〟が足りないだろう。なんとなしに、ポエジーは遠ざかっている。そういう気分になるのは、心の深くにもぐらないといけない。
2月1日(土)
- 2月になってしもうた。
- 常陸多賀。頭からいられず、遅れて到着。いいイベントだった。geruさんも少年タイチくんもいい人だ。打ち上げでgeruさんのいい話を聞く。
- 過去の自分の音源を聞く。最近の自分の演奏にはないノリ方を思い出す。2016年と2018年のライブ。あの頃はスタジオにこもって大きな音で好き勝手サウンドを試していた。その違いが大きい。なんとか、いま、そのへんの変化を乗り越えないといけない。
- geruさんの打ち上げでの話と関係するが、売れるとか、在野とか、音楽エリートとか、そういうことを考える。
- ライブハウスのA面、B面、C面という話。単純なメジャー志向でも趣味でもない方向。かつてのフォーク世代が「自然と」もてていた条件を再獲得したい、ということ。
- C面とはなにか。商品化(流通)より土着化、フィールドフォークがしたい。……そんなことばかり考えて、時が経った。けっきょく、ぼくのこの身体、生理、考え方、価値観から自然な方向性へ延びるしかなかった。そうなると、いまこんな感じでいることは、納得するしかない。ぼくはA面(メジャー志向)の人でもB面(趣味志向)の人でもない。これを、説明的にいえるかどうか。
- 既存の枠組みの外を目指す、あるいはつくるということ。そんなに難しい話じゃなく、みんなやっていることだが。けっきょくメジャーデビューが答えになったり、数と金の世界が支配的になるほど、世界は階級化していき、そのことに批判的になれなくなったり。そう、階級的な世界への異議をつくっていきたいのだ。その点、ロックそのものが、セレブ的でまっすぐ資本主義的で、貴族階級を形成するツールになってしまった。そういう世界の頂点を目指す、となると、もはやモチベーションが起きなかった。
だから、「インディーズ」が答えになる。では、オルタナティブとかインディーズとか、いまどれだけ意識されているか? - それは、一時期よりあきらかに意識されなくなってきている。世界は単純に権威主義に寄ってきている。帝国の時代がやってきている。その流れに抗うことしか選択肢はないだろう。わかりやすく抗う、のではなく、結果的に抗っているような抗い方だろうが。
- 「歌いつづけていてほしい」「音楽をつづけていてほしい」というのは、世界がそのようであってほしい、という意味でもあるのだろうと思う。世界を少し別様にする。そんな小さな試みばかりだ。ただその小さな試みの集合や蓄積が、変化の時代のバッファーになる。でなければ、すべてがまっすぐ合理的に処理される。乗り遅れるものは、受動的な存在に落ちくぼむ。そうではなく、能動的に、なにかを歌いつづけること。歌う場をもちつづけること。それだけで世界の方向を、その場の分だけ、変化させることができるだろう。
それはそれでいい。ではどのように、どんな方向から別のどんな方向へ、変化を生み出すのか? なぜ、そう変化させたいのか?
■
- ロックは革命だった。フォークもしかり。戦後民主主義には理想があった。階級社会は否定されたかに見えた。
だが結局、世代をまたげば権威化し、階級化する。その繰り返しだ。新しい世代は? 弱い立場、マイナスの立場から、世界に対して歌い働くような動きは。 - 音楽の原点。芸術の原点。無価値の価値。そんなものを訴える。
日本を再発見する。近代を、現代を見つめなおす。
能登に行くことにも、そんな動機、背景がある。 - 「革命」という言葉は、なにも左翼や共産主義の専売特許ではない。文化の革命、芸術の革命がある。もっと土着の革命がありうる。
- 天然自然との関係が、希薄になるほどに、世界は記号的になり、バーチャルになり、「やむにやまれぬ思い」も理解しづらくなる。そんな気がした。資本主義以前に、天然自然がつつむ環境下で、人類は歌をうたい、文化を形成したはずだ。それが「原点」とすれば、その原点に近づきたい。それは、未来にかなう線だ。
■
- ……と、いうわけで、そういう立場、態度に身を置きたい。置きつづけたい、とあらためて思った。そのへんの思考をもう一度整理し、考えなおささないといけない。最近思考がおろそかになってきていたゆえ。
1月28日(火)
- さまざまに、腰のあたりに淀みあり、滞る。
- 真面目さと不真面目さのバランスの問題。ノマドの不足による接近戦の中座。
- 定住のライブ。「定住ボーイズ」のコンセプト……というと口幅ったいが、哲学を確立したい……というのも口幅ったい。というか仰々しい。曲ごとの狙いというのか、「なぜつくったか」「どういう経緯か」みたいな話はあるし、そこには時代との距離感も含まれているが、バンド内で共有できているわけではない。
- 時代はつねに揺れている……フジテレビの問題がかまびすしい。
- 恋愛、というもの。性愛、というもの。線引き。
- ソロでは能登の企画がつづく。こちらも、もっとプッシュしないといけない。できていない。不全感ないし、集中の欠如がある。
- ふるさとについて考えている……自分のような変わった人間が、なにか意味あることができる、そんな角度を探しながら。それは、きれいごとではなく、他人を傷つけもするし、疲弊させもする。その過程で。よって、自分は善人のツラは今まで以上にできないだろう。その自覚をもちつつ。
1月9日(木)
- 2024年のニュースをまとめていた。すると、自衛隊や安保関連で不祥事が連続していることに気づく。ああ、こうやって「連続していることに気づく」というのは、一年の出来事をまとめる、なんて殊勝なことをやってみたからだ。そのままだったら、流れている。
- 日々の、炎上。スキャンダル。こうした「情報」を「消費」している我々は、なんの食い物だろう? 大文字の「政治」や「社会」は案外、遠のいている。公共的なそれが。かわりに、卑近な「性」の話題が覆いつくす。人はやっぱり、身体が好きで、性が好きだ。
- 中居正広のニュースも、能登半島地震から一年のニュースも、USスチール買収のニュースも、安全保障のニュースも、同列に処理されていく。
1月8日(水)
- 新年あけて。能登にいき、家族にもいろいろあり。
- 奥能登国際芸術祭に行ってからのポエムとかいう謎のテキスト。これ、鈴木忠志の論を意識してたな。そうそう、「地元の活性化のため」と「世界普遍にふれるため」のふたつの目的があるわけで。だから「国際」芸術祭なんだ。
- 「東京に千葉が学ぶ」ではなく「東京が千葉に学ぶ」にならなくてはいけない。これ、ごく当たり前の話。
- だから、そういう状況をどうつくるか?
- 「珠洲に学ぶ、だ」と奥能登の人は言った。まったくそれは正しいのだ。
- 2024年の抱負というテキストでは、触視的平面(@東浩紀)の発想があった。この概念を使って現状を批判的にとらえる。まったく、「ボランティア迷惑論」も触視的平面(スマホのタッチパネルスクリーン)の問題。
- 〈深さ〉をなくす。NHK紅白を見ながら思ったのもそこ。
- 〈深さ〉とは? 時間的持続性が背景にあるか。永続的時間がそこに流れるか否か。大森靖子の「整形」うんぬんのX発言に、刹那的な虚無主義がにじみでる。時代的共感がそこにある。その共感の時代性の限界。
- 奥能登での年末年始の思い出はけっこうある。1週間もいたからな。折口信夫の墓地はこわかった。古い墓石がたくさん倒れていた。折口の墓がある敷地のその奥に、迷路のようなつくりの墓地がある。そこの雰囲気はとても独特で……。土葬の墓もあったのかもしれない。よくわからない。こんもりした土にパイプがつったててあるものが、まるで「土葬」のような雰囲気を醸していたけど、たぶんパイプと土葬は関係ないだろう。ただ、本能的な「恐さ」を受け取った。身体的な反応。その場に身を置くことの体験。
- 九十九湾の風景も。風光、といったほうがいいか。真脇遺跡も。縄文からの歴史的連続性。そうした視点、永続的な視点。日本国土の普遍性。そうした要素が、東京中央を相対化しうる、ともいえる。
- それから、原発の話題だ。珠洲原発と志賀原発。その対照。日本社会のありようについて考えこむ。矛盾があり、対立があり、人が傷つき。そしてその断絶は、世代をまたぐこと。そうしていま、過去は忘却され、感情の記憶は伝承されにくいこと。
原発は 戦争に似ていた 戦争に負けて そのかわりに そのはらいせに 自国民にいじわるする 道具が 原発だった
むろん、そのような感慨は、一種の誇大妄想である。だが、「率直な感慨」が、おうおうにして抑圧されうる時代というのは、不幸かもな……とか思うのだ。