こんにちは。沼田謙二朗です。
千葉県千葉市出身。20年以上、関東を中心に音楽活動をしています。
能登で草の根音楽イベントを開催するため、「歌の千羽鶴」というイベントを毎月おこなっています。
■
2023年11月。石川県珠洲市でおこなわれた「奥能登国際芸術祭2023」を見に行くため、はじめて能登を訪れました。
そのおよそ2ヶ月後に最大震度7の能登半島地震が起きました。
自分がついこないだ歩いた町が、地震と津波でめちゃくちゃになっている光景に衝撃を受けました。
SNSでは渋滞を理由としたボランティアの自粛要請と、同時にそれへの反発が起こりました。
過去の震災ともちがった異様な雰囲気を感じつつ、ネットやマスメディアの報道を頼りに能登の状況を注視していました。
状況が落ち着いてきた2023年5月、能登に再び訪れました。
芸術祭で楽しんだ珠洲市飯田町の、変わり果てた姿がありました。
千葉に帰り、いつも懇意にしている埼玉県越谷の音楽茶屋ごりごりハウスの店主らぁめんさんに、その様子をつたえました。
そして「じゃあうちでなにかやろう」と立ち上がったのが、歌の千羽鶴プロジェクトです。
毎月、投げ銭形式でライブイベントをおこない、集まった資金を使って能登でイベントをやろう、という構想です。
2025年8月現在までに計8回おこないました。
イベントでは、ぼくが能登で撮ってきた写真をスライドショーで映しながら、地元のミュージシャンを中心に集い、ライブをしています。
能登に行ったことのない越谷の人にも、能登の風景と、そこでの被災の光景を見てもらい、離れていてもつながっている感覚をもってもらえたらな、と思っています。
(写真)
■
「歌の千羽鶴」というタイトルですが、今やSNSでは迷惑の象徴のように言われてしまう千羽鶴を、心のつながりをもたらすものとして肯定し直したい。なにか今の世の中は否定しなくていいものまで否定しすぎているように感じ、このタイトルをつけました。
ぼくらミュージシャンの音楽は、土砂を動かすことはできないし、瓦礫を撤去することも、水道を復旧することもできません。だけど、なにか心に関係することはできるはずだし、そのための道をつくることができたら、それがやるべきことなんじゃないか。そう考え、それを信じてイベントを地道に継続しています。
この間、様々なアーティストやミュージシャンが能登でチャリティイベントをおこなってきたと思います。こういうときに「動く」人たちを見ながら、すごいな、かっこいいなと尊敬しつつ、ぼくたちにはぼくたちの、もっと地味だけど逆に息の長い、ある意味で庶民に近い目線でつくれるイベントがあるのだとも感じています。
■
イベントを重ねるなかで主催であるぼく(沼田謙二朗)はその後さらに二度能登を訪問し、そのとき見たり感じたことをまた越谷で紹介していくということをやってきました。「震災」という現実だけでなく、もともとの観光地としての能登や、そこにあったエネルギー問題のこと、芸術祭のこと、能登の自然のことにもふれてきました。たんなる音楽イベントという以上に、「能登について考えながら、自分たちのことにも気づく」ような時間だったように思います。
■
能登にもその後三回訪れました。
復興のためにまず一番必要なのは土木などのインフラ整備。
行くたびにそれを実感します。
「音楽家にできることはなんだろう?」
その問いを自問しながら能登を歩き、千葉や越谷から考えを重ねてきました。
🔺「歌の千羽鶴」とは、今や「迷惑」の象徴のようにも言われるようになった千羽鶴を、もう一度肯定するための言葉でもあります。
能登とつながること。
もし、仮に震災がなかったとしても、関東に位置する越谷と能登の交流が生まれることには、なにか意味があるはずです。
■
六月からは実際に折り鶴を折ることにしました。今回の震災で亡くなった人々の数だけ、鶴を折りたいと思います。
千葉県千葉市出身。20年以上、関東を中心に音楽活動をしています。
能登で草の根音楽イベントを開催するため、「歌の千羽鶴」というイベントを毎月おこなっています。
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2023年11月。石川県珠洲市でおこなわれた「奥能登国際芸術祭2023」を見に行くため、はじめて能登を訪れました。
そのおよそ2ヶ月後に最大震度7の能登半島地震が起きました。
自分がついこないだ歩いた町が、地震と津波でめちゃくちゃになっている光景に衝撃を受けました。
SNSでは渋滞を理由としたボランティアの自粛要請と、同時にそれへの反発が起こりました。
過去の震災ともちがった異様な雰囲気を感じつつ、ネットやマスメディアの報道を頼りに能登の状況を注視していました。
状況が落ち着いてきた2023年5月、能登に再び訪れました。
芸術祭で楽しんだ珠洲市飯田町の、変わり果てた姿がありました。
千葉に帰り、いつも懇意にしている埼玉県越谷の音楽茶屋ごりごりハウスの店主らぁめんさんに、その様子をつたえました。
そして「じゃあうちでなにかやろう」と立ち上がったのが、歌の千羽鶴プロジェクトです。
毎月、投げ銭形式でライブイベントをおこない、集まった資金を使って能登でイベントをやろう、という構想です。
2025年8月現在までに計8回おこないました。
イベントでは、ぼくが能登で撮ってきた写真をスライドショーで映しながら、地元のミュージシャンを中心に集い、ライブをしています。
能登に行ったことのない越谷の人にも、能登の風景と、そこでの被災の光景を見てもらい、離れていてもつながっている感覚をもってもらえたらな、と思っています。
(写真)
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「歌の千羽鶴」というタイトルですが、今やSNSでは迷惑の象徴のように言われてしまう千羽鶴を、心のつながりをもたらすものとして肯定し直したい。なにか今の世の中は否定しなくていいものまで否定しすぎているように感じ、このタイトルをつけました。
ぼくらミュージシャンの音楽は、土砂を動かすことはできないし、瓦礫を撤去することも、水道を復旧することもできません。だけど、なにか心に関係することはできるはずだし、そのための道をつくることができたら、それがやるべきことなんじゃないか。そう考え、それを信じてイベントを地道に継続しています。
この間、様々なアーティストやミュージシャンが能登でチャリティイベントをおこなってきたと思います。こういうときに「動く」人たちを見ながら、すごいな、かっこいいなと尊敬しつつ、ぼくたちにはぼくたちの、もっと地味だけど逆に息の長い、ある意味で庶民に近い目線でつくれるイベントがあるのだとも感じています。
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イベントを重ねるなかで主催であるぼく(沼田謙二朗)はその後さらに二度能登を訪問し、そのとき見たり感じたことをまた越谷で紹介していくということをやってきました。「震災」という現実だけでなく、もともとの観光地としての能登や、そこにあったエネルギー問題のこと、芸術祭のこと、能登の自然のことにもふれてきました。たんなる音楽イベントという以上に、「能登について考えながら、自分たちのことにも気づく」ような時間だったように思います。
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能登にもその後三回訪れました。
復興のためにまず一番必要なのは土木などのインフラ整備。
行くたびにそれを実感します。
「音楽家にできることはなんだろう?」
その問いを自問しながら能登を歩き、千葉や越谷から考えを重ねてきました。
🔺「歌の千羽鶴」とは、今や「迷惑」の象徴のようにも言われるようになった千羽鶴を、もう一度肯定するための言葉でもあります。
能登とつながること。
もし、仮に震災がなかったとしても、関東に位置する越谷と能登の交流が生まれることには、なにか意味があるはずです。
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六月からは実際に折り鶴を折ることにしました。今回の震災で亡くなった人々の数だけ、鶴を折りたいと思います。
第1回 2024.10.15火曜
投げ銭 36,000円
第2回 2025.2.10月曜
投げ銭 49,000円
第3回 2025.3.10月曜
投げ銭 41,910円
第4回 2025.4.14月曜
投げ銭 29,054円
第5回 2025.5.12月曜
投げ銭 40,900円
第6回 2025.6.9月曜
投げ銭 34550円
折り鶴 65羽
第7回 2025.7.14月曜
投げ銭 42,000円
折り鶴 65羽
第8回 2025.8.11月祝
投げ銭 61,900円
折り鶴 33羽
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
合計
投げ銭 335,314円
折り鶴 163羽
投げ銭 36,000円
第2回 2025.2.10月曜
投げ銭 49,000円
第3回 2025.3.10月曜
投げ銭 41,910円
第4回 2025.4.14月曜
投げ銭 29,054円
第5回 2025.5.12月曜
投げ銭 40,900円
第6回 2025.6.9月曜
投げ銭 34550円
折り鶴 65羽
第7回 2025.7.14月曜
投げ銭 42,000円
折り鶴 65羽
第8回 2025.8.11月祝
投げ銭 61,900円
折り鶴 33羽
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合計
投げ銭 335,314円
折り鶴 163羽






































